2010年5月20日木曜日

渋谷道玄坂篇


40数年前に就職した松涛辺の看板屋は、大手のお得意先を抱えていて、それは豊島園やユネスコ村の西武だったり、プリンスホテルや苗場スキー場の国土計画だったり、或いは箱根小涌園の藤田観光と、いろいろ出張もさせてもらった。そして渋谷周辺では多くの映画館の仕事も入っていた。その関係で、ただで映画を見ることも出来た。線路沿いにあった映画館も今はなく、道玄坂入り口の洋画系上映館も消えていた。
2010年4月24日に、その変貌を確かめに神泉駅から降り道玄坂を下って左右を凝視して歩いてみたが、細かな記憶は自分の中でも消えていて、緑屋があったことなど、駅前の日本相互銀行の小百合さん写真、のことなど幻のように甦るだけである。若い人に話すだけでもはばかるようなその群れの侵略性に、沈黙の老獪を秘匿するのみである。変遷はこうあるべきの横行がスクランブルをほどよく闊歩している、のを痛切に感じる。おだやかな土曜日の午後です。

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