
《1980年5月14日(水))》 ごひいきのプレイヤーをあげると決まって、Archie Shepp、 Don Cherry 、 Ornette Colemanとなる。この中でまだ見ていないのはOrnette Colemanである。
John Coltraneは死ぬ前年の1966年7月に来日公演を果たしている。今から14年も前のことだ。当時、Coltraneに興味が湧かなかったのは、夜間のデザインスクールに通っていて忙しく夢中であったからでもある・・・(今思えば何ら関係がない記述だな・・・2009年5月13日)
もちろん、Coltraneの晩年は、ニューシング志向ではあったが確立した評価を得ていたものは、プレステッジ後期のものやアトランティック盤であった。その頃の「Giant Steps」や「Spiral」に技巧ばかりが目立って感心できなかったのである。ボクは、Coltraneに入るよりもSheppや Cherry、 Colemanに惹かれる方が数段早かった。時代を反映していて、自己の精神性に埋没を重ねているColtraneよりも、3人のニューシング派の猛りくるう咆哮とメッセージを多く披瀝するアプローチの強い音楽が好きだった。
最も有名なジョン・コルトレーンの「至上の愛」を買ったのは、SJ誌でゴールドディスクのシールをつけられてからである。まあまあ最近のことだ。他人にはタイトルの微かな威圧感と大きさを以ってして聴かせることにしているが、音楽をあまりに精神的なレベルで把握しなければならない完成度と計算された構築度を誇っている。嫌いではない。
アーチィ・シェップの「トランペット・イン・マイ・ソウル」、ドン・チェリーの「エターナル・リズム」、オーネット・コールマンの「パリ・コンサート」のように「至上の愛」を気に入っているわけではない。コルトレーンのアルバムではドルフィの入ったimpulse盤が、より好きなんだ。しかしコルトレーンはボクにとって名前だけで、レコードという単なる記録に留まっている。
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