2025年7月16日水曜日

故郷を離れて

 初めての生活の場は、宇都宮だった。1963年3月に高校の卒業式も欠席して宇都宮市杉原町のF百貨店に就職した。(この場所に現在 Fは存在しない)望みの職種に就くのは単純ではない。当然のことながら、紆余曲折の時間を計算していなかった。単純浅はか、文字どおり‼

5月頃だったかなあ 社の慰安旅行で 暫時 所属の企画宣伝室の先輩方と中禅寺湖畔を歩きました。Fは短い間ですが この経験は大きいです。


5か月も過ぎ7月に入ると、故郷 江戸崎の祇園祭の響きが頭をよぎる。

幼いころは、お祭り大好き少年だったのです。  そして若気の至りを充分に発揮して、執着も悶着もせずして 宇都宮から去りました。呆気ないですね、まるで逃亡のようで、家に帰って泣きました。あれが一番泣いた日だったかな‼ 19歳の夏。 フォトは地元切通しの山車1950年代だと思います。






2023年12月19日火曜日

どっこいしょ

 もう、出不精 筆不精だけではなく、これはもう根本的なおっととろえが始まったのか?の懸念です。ま、仕方のないこと容認範囲。



そして、次の一歩 もう一段 これを続ける日常、



間違えたようです、順番が異なってます。階段ばなしなのでご容赦をください。踏みちがえではありません。アップアップしてますね。

家の中では、こんなぐうたら、ていたらく。



彼女、ぴっぴと競走 年齢競争。しらんかぷりんされるのが 嫌なのでこちらが勝ときめてます。

2022年12月25日日曜日

家温め?

 ではなく、単なる出不精かもしれません。

今年、遠出をした県外は、群馬県みなかみ周辺が唯一の地域でした。

そこは、過去に2度ほど出かけている。昔 恒例の慰安旅行でした。

これが、ほぼ50年以上まえ、




そして、今年9月 変貌は湯檜曾や、水上 谷川岳にあったのではなく、わが身に訪れた脆弱な体力と精神劣化に表れていた。予想通りの展開⁈ながら、期待通りをみせてくれたのは、この景色 感謝です。自身を活性化させるには安直な替え玉、何よりの誤魔化し人生 まだまだ続きます。



2021年8月2日月曜日

宍塚大池

 ししづかおおいけ と呼ぶ 我が家から近い場所ながら出かけるのは、これが2度目です。



間違った情報に誘われて昨日朝、5時ごろに出向いた。要するに蓮の早朝開花が目的だったのだが現場で出会った人の話では これは数年前の事で、現在はそのかけらさえも全く見られない。当時 花開いたけれどその後 池の生物などの浸食によって皆無になったという こと。これは自然の避けられない摂理?です。だと思います。


現在の大池が、とても貴重な状態を保っているのは 辺鄙なしかも疎遠と 少し拒むような静謐さが勝っているからだろうと推察します。関係者やここを愛する人々の繋がり、継続が素晴らしい。

2021年7月24日土曜日

花園渓谷

 県の北端へ

花園神社、花園渓谷へ 緑を求めて常磐道を北へ 連休の2日目 ここはそれほどの込みようではない トンネルをいくつも超えて北茨城へ。廃墟のような 水沼ダム


 そして人もまばらな亀谷地湿原 

そして赤さをひけらかす花園神社 

まあまあの賑わい! 奥は深く渓流渓谷沿いの緑の定波地区の原生林 ブナ林 きらきらしていました。久しぶりの 目に青葉でした。

2021年7月13日火曜日

昭和39年の頃 1964年

 実は、昨年だったけれど、2021年 今年オリンピックイヤー。

1964年、2番目の職場 明治パンで2年目になる。

前年 高校卒業すぐに宇都宮の百貨店に就職した。ほぼ5か月も持たずに挫折、7月には故郷へ逃げ帰った。家にとどまってはいられない。9月末には明治パンに就職した。赴任地は都下昭島市拝島 明治パン多摩営業所。


実家が菓子店だったからの思い付きで選んだ理由でした。従業員は全国にまたがり、北海道から奄美にわたっていました。特に茨城の人が多い?と思いました。初めは夜間作業でパンの仕分け、半年後には昼間の配達に回った。免許のない時で助手席での楽な立場でした。運転手は運送会社のプロで半分はドライブ気分だったと思います。その筈 檜原村方面行と、養沢方面(あきる野市)行とが、隔日になっていた。

この年の10月に東京オリンピックがあったんだなーと バレーの河西昌枝さんも、マラソンの円谷幸吉さんも、後の《東京オリンピック》市川崑映画で感激したことのほうが大きい。営業所敷地内に寮があり、食堂に一台のテレビ時代。そうした時期を過ぎて昼間の事務職に変わりました。手回しの計算機、ロールペーパーが出てくる計算機。すごいなーっていうのが、回顧気分。もはや57年前。




2020年8月27日木曜日

東北の旅

 山形へ行ってきた。2004年8月27日(金)、28日(土)、29日(日)、目的は天童、友人(=20代前半に東京昭島の職場で出会った)の弔問。2つ目は、藤沢周平の海坂?訪ね。3つ目は、山形国際ジャズフェスティバルin天童である。  初日 朝6時出発 お昼は飯豊連峰近くで食事、当時この地は日本一の田園風景と言われていた。米沢→寒河江→鶴岡→湯田川温泉 藤沢周平ゆかりの地域。氏の定宿系の旅館で一泊する。

2日目 湯田川より天童まで向かう。駅前で友人の奥方が迎えてくれる。友人とぼくは同じ年齢 享年54歳はキビシイ。合掌!でした。

午後から山形県総合運動公園(天童)にてジャズフェス。①アマチュアビッグバンド ②川嶋哲郎クインテット。ドラムは 力武誠。③XuXu(シュシュ)アカペラ女声4人。④スウィングガールズ


⑤高島宏ギター(山形出身)に中村誠一(テナー)が加わる。⑥ハロルド・メイバーン(P)トリオに矢野沙織(アルト)が入る。ドラムはジョンファンズ・ワース。⑦渋谷毅(ピアノ)オーケストラ。林栄一(アルト)松風鉱一(as fl bs)峰厚介(テナー)松本浩(tb)津上研太(ss as)石渡明弘(ギター)上村勝正(ベース)古澤良治郎(ドラム)圧巻の布陣。⑧グランドフィナーレ 中途にてホテルへもどる。


最終日29日。山寺へ。この時すでに登山は無理で、連れは元気で上を目指して闊歩。こちらはふもとで、待ちわびることに!

初めての二人旅 お疲れの3日間。 愉しみ悦こび神妙?満載でした。友人から戴いた逆さ馬の飾り駒(MUSE開店祝い)は今も元気です。