《1980年6月24日(火)》
趣味が多いというか、とにかく次から次へと興味のあるものが登場してくる。一見、頼もしげな若者はそれらをことごとく吸収し消化しているようにみえる。
だが、それは本当に見えるだけなのかも知れない。
遊びの幼児性と、趣味の若年性が同居して、自然な生命力を妨げる環境であるように思える。
それは、物に恵まれすぎた環境や情報に汚染された環境かと思う。
安易に手に入る物は、たしかに自分で選んだもののようだけれど、TVの画面から容赦もなく雪崩れ込んでくる映像の平面的な無機性を孕んだワンタッチ化や、少年マンガ誌の夢見心地を払拭してしまった膨大な数のギャグの応酬化は、積極という言葉に含まれていた勇気とか決意とかの距離感を失わせてしまった。のか。
趣味が多いというか、とにかく次から次へと興味のあるものが登場してくる。一見、頼もしげな若者はそれらをことごとく吸収し消化しているようにみえる。
だが、それは本当に見えるだけなのかも知れない。
遊びの幼児性と、趣味の若年性が同居して、自然な生命力を妨げる環境であるように思える。
それは、物に恵まれすぎた環境や情報に汚染された環境かと思う。
安易に手に入る物は、たしかに自分で選んだもののようだけれど、TVの画面から容赦もなく雪崩れ込んでくる映像の平面的な無機性を孕んだワンタッチ化や、少年マンガ誌の夢見心地を払拭してしまった膨大な数のギャグの応酬化は、積極という言葉に含まれていた勇気とか決意とかの距離感を失わせてしまった。のか。
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