2010年2月23日火曜日

ほふる

《1980年2月23日(土)》
1980年(昭和55年)2月17日。新井田耕一さんが死亡した日である。ひとまず忘れぬために、ノートに記したけれど、まあ、すぐに忘れてしまうだろう。2月17日は死亡の単なる事実に過ぎない。ボクがフィール堂に残っていたら、もう少し長生きしたかも知れない と言う人もいるし、自分でもそんな風に思う。その時でも「罪なことを・・・」という残余の気持ちよりも、自分がフィール堂に対して残していた力に満足をしていることの方が多い。何故なら、フィール堂を去った時点で、縁を切っているし、余韻を響かせるゆとりは全くない。既にその時、新井田耕一は消えていたのだ。自分自身が沈思黙考、熟慮に熟慮を重ねたすえの発進に、どれだけの非難が寄せられようか。たとえ非難の言葉を聞いたところで、過去の世界に向けられているだけで、今のボクが、真に受けられるものは何もない。
出会いとか、あるいは別れなどに、充分なる力を発揮したいと思うのは、大切な人間と接している時に、最良の力を発表する自然さが求められるからである。
ことしになって、2つの力をほふった。MUSE開いて初めてのことだ。ボクは嫌いになる過程に単純性を盛り込んだことはない。そして嫌いだという気持ちに複雑性を導いたこともない。だから、相手に対しては余裕を、自身には、許容を注ぎ通した。何度、試みたか、わからないくらいの凝視と注目。そして聴取。出会いも鮮やか、まして、プロセスは激烈。望みもしなかった別れが要ならば、それも当然、明解。ほふったことに悔恨はない。逆戻りは絶対ない。2つの息吹が去勢された世界を見つめると、自分の判断が、新たな始動に移り、次の世界に足を踏み入れているのを、潔く認めてしまう。冷酷さ?ふっとこわい意識、温厚さ?ふっとこわい意識。どちらも、どちらも言葉。そしてボクはナマの人間。ボク自身の「若さの証明」であり、MUSEの「進化論」なのである。ほふりは快楽ではないから、出会いに注ぐ、熱量の流れ具合に、打算を最小限にすることで、MUSE初めてのことを、これから防止したいと思っている。いい勉強でした。ホントに。
無関心な世界は、ひどく常識的だ。小さな世界に拘ることはない。あなたが素直になりたかった場は、他に厳然としてある。そこが相応しい世界だ。既にそれを知っている筈だ。判らなけりゃ何度も試みるがいい。そこに、ボクの無関心な世界がふさわしくある。

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