2010年2月27日土曜日

阿修羅?

ラヂオのごとく・・・であろうか?タイトル文字が最高。録画画面をあっという間に通り過ぎて、改めてインターネットで探ってみると、この「阿修羅のごとく」のタイトル文字が際立っているのが認識できる2003年作品(山藤章二さんタイトル)。  向田邦子さん原作が面白すぎ!ここをなんとかせねばと思う。前日「二人日和」を見ている、その対極でもの申せば「阿修羅・・・・」は饒舌至極、加えて俗の固まりみたいな展示会である。つじつま合わせの計算が行き届いて必ず、やはりの納得を申し加える手の込みよう。どうすりゃいいの絶賛で済ませば、でもまだお釣りがくるようでもある!ストリーの豊富さで次回作やシリーズ化させても、発展に向かうネタは詰まっている。その多彩の豊饒感が、気に入らない部分であろうか。ないものねだりを超えたもったいないの贅沢意識の貧乏性が、才能の少披瀝に邪な批評をしてしまう。単純に面白いでいいじゃないのと?マジで言うと、「ラヂオのように」の全編フィチャリングで、ひっぱられている気がしないでもない、全てがアート・アンサンブル・オブ・シカゴではPic00010 ないけど、マラカイ・フェイバースのベース音が基調になっているのは確かだ。  “苦悩の人々”が使われてでもしてフェーイド・アウトされたらたまらない(そのような欲張りな想像もしてみる・・・大竹しのぶさんに対決するのは大変なんだ)。中村獅童、深津絵里の絡みが誇張過ぎて素朴な阿修羅に納まりきれない、勇み足。この二人が仲代達也と八千草薫の夫婦を昇華させている。 “阿修羅”ではないがナンシィ・ウイルソンの奮闘図を挿入しました。(2008年2月29日記)。

2010年2月23日火曜日

ほふる

《1980年2月23日(土)》
1980年(昭和55年)2月17日。新井田耕一さんが死亡した日である。ひとまず忘れぬために、ノートに記したけれど、まあ、すぐに忘れてしまうだろう。2月17日は死亡の単なる事実に過ぎない。ボクがフィール堂に残っていたら、もう少し長生きしたかも知れない と言う人もいるし、自分でもそんな風に思う。その時でも「罪なことを・・・」という残余の気持ちよりも、自分がフィール堂に対して残していた力に満足をしていることの方が多い。何故なら、フィール堂を去った時点で、縁を切っているし、余韻を響かせるゆとりは全くない。既にその時、新井田耕一は消えていたのだ。自分自身が沈思黙考、熟慮に熟慮を重ねたすえの発進に、どれだけの非難が寄せられようか。たとえ非難の言葉を聞いたところで、過去の世界に向けられているだけで、今のボクが、真に受けられるものは何もない。
出会いとか、あるいは別れなどに、充分なる力を発揮したいと思うのは、大切な人間と接している時に、最良の力を発表する自然さが求められるからである。
ことしになって、2つの力をほふった。MUSE開いて初めてのことだ。ボクは嫌いになる過程に単純性を盛り込んだことはない。そして嫌いだという気持ちに複雑性を導いたこともない。だから、相手に対しては余裕を、自身には、許容を注ぎ通した。何度、試みたか、わからないくらいの凝視と注目。そして聴取。出会いも鮮やか、まして、プロセスは激烈。望みもしなかった別れが要ならば、それも当然、明解。ほふったことに悔恨はない。逆戻りは絶対ない。2つの息吹が去勢された世界を見つめると、自分の判断が、新たな始動に移り、次の世界に足を踏み入れているのを、潔く認めてしまう。冷酷さ?ふっとこわい意識、温厚さ?ふっとこわい意識。どちらも、どちらも言葉。そしてボクはナマの人間。ボク自身の「若さの証明」であり、MUSEの「進化論」なのである。ほふりは快楽ではないから、出会いに注ぐ、熱量の流れ具合に、打算を最小限にすることで、MUSE初めてのことを、これから防止したいと思っている。いい勉強でした。ホントに。
無関心な世界は、ひどく常識的だ。小さな世界に拘ることはない。あなたが素直になりたかった場は、他に厳然としてある。そこが相応しい世界だ。既にそれを知っている筈だ。判らなけりゃ何度も試みるがいい。そこに、ボクの無関心な世界がふさわしくある。

2010年2月19日金曜日

肩すかし

「・・・・松子(さん)の一生」をみた。肩すかしですね。当初、えらく辛い悲劇ものの映画なのだと思っていた。確実に泣かされるとも準備していた、ら とんでもない、全編劇画タッチの映像処理でほんとに枠を付けたコマ送りを施して、その際どさの濃厚な部分の“のめり込み”を避けて、次なるシーンを用意する早さ、25インチの画面じゃ音響と共にしっかりしたインパクトには向かない、劇場で見なくてはという歯がゆさだった。と言ってもう一度、見たいと言うほどのことはない。 「嫌われ」が相応しくないと率直に思ったので・・・・で、(さん)を加えたのも同様です。昭和40年代から平成への設定で、特別過去の時代へ戻る感傷はないものの、2006年の映画として「暴力」を前面?に出したテーマで、倒れざまがゴミの黒い袋から跳ね返って、ついには花のシーツで抱かれるというのも、最後にスピード感溢れるカメラで荒川べりをなぞるのも、訴求力を増してはいない、「!」、付け足しのようだが、如何か?。 Pic00042 大型スクリーンで麻痺されればレビュー感覚で何とか天国への階段も、許せたものを。  次々に連なる豪華キャストがまばゆい、しかもミュージッシャンの歌声を確かめるに至っては、不可能になってる・・・齢です。(2008年2月20日記)。

2010年2月16日火曜日

Hi-Nology

《1970年2月8日(日)》 先月30日(1970.1.30金)に、日野皓正の「ハイノロジー」を買った。  富沢氏 ( かなり親しくしていた。疎遠している、消息をしりたい ) の家で聴いて良かったからである。  あの時は音響効果のこともあって、全体の調子を把えた印象がある。  ところが、30日に もう一度聴いて アート・ファーマーの「タイム・アンド・プレイス」というアルバムの印象に似ている感じを受けた。  日野の場合は 電化調節 (古い言い方だなー)をしていて、所謂、今日的なのだが、5,6年前のアート・ファーマー的だというのは、聴衆に媚びようとしている そのファッションバンドの姿を如実に現したものかもしれない。  再三、聴くうちに「ライク・マイルス」も「エレクトリック・ズー」「デュープ」「ハイノロジー」も魅力が薄れていく。 と いうより日野のTp.自体が薄っぺらな感じで深みが足りない。  だから調子がよいのはいいのだけれど、リズムに乗るのが軽すぎる。  と言ってもこのアルバムに関しては孤立したメンバーといった感じで、リズム隊がフリージャズを意識してかバラバラでスイング感に欠ける。  菊池雅章が日野皓正クインテットを称して「ファッションバンド」だと言ったのは当を得ている。

2010年2月15日月曜日

余寒つづきの最近の気象だけれど

何故か、衛星放送で市川崑監督作品が昨年暮れから2月にかけて集中放映されていた。大変失礼ながら、回顧特集だったのかと日頃のうっかりをずっと確認せぬまま、録画などして見物した。先夜も「かあちゃん」のエンドを見送ったばかりだ。和田誠さんのイラストと共に和田夏十さんの名も連なっていた。2001年作だから夏十さんの書き留めていた脚本だったのだろう。黒沢明監督が描いた山本周五郎ものとは、別で“男臭”を除いた、しっとりとした味わいの“世間”を横長画面の長方形の左右から繰り出し、背丈から、俯瞰からと紡いで織りなすカメラワークで映し出した。同作家の「どら平太」もくろぐろで通し、闇社会を往来する不可思議な傑物を、さらり登場させたと思う。2つ共コミカルで軽快なテンポで、大作ではないけど忘れられない佳作だ。(2008年2月14日記)。

2010年2月14日日曜日

2/14/1982


ライブハウスなどと言うととても恐縮の限りだが、短い4年の間には高校生や、大学生のジャンル不問のいろんなバンドが多々出てくれた。1982年2月14日は隣町の岩井、境から世代を超えたバンド「クロスポイント」がジャズを演奏してくれました。ドラムは当時かけもちもてもての高校生、林田千義くん、サックスは教師の塚本さん。スタンダードナンバーだけではなく、山口真文の曲や、ボサノヴァ№1とか幅広く披露してくれました。磯山さんの協力のおかげで、その記録、音源は秘かに残ってます。クリスマスもそうだけど、またバレンタインもイベントラッシュ、亀和田(kamesada)さんの音も想い出す。(2007年2月15日記)。

2010年2月13日土曜日

バレンタイン


究極のmy funny valentineは?と考える。先ず1曲目は、マイルスだ。数多くの演奏を残しているが、独特のフレーズを組み入れたメロディに抜群の愛着を感じる初期の作品がトップ。  ☆をあげられないのは、シンディ・ブラックマン(ドラム)の同様の発想によるメロディ処理の“ださい”臭いっぱいの「マイ・ファニー・バレンタイン」でテナーは、J.D.Allenという。      この曲の入ったアルバム「someday・・・」は、マイルスにちなんだ馴染みが込められているが、もうとにかくレア、ほめられるのは何もない。そこが放出できない理由で、手元には鈍く確保される運の良さ。  そして中くらいは安心と真面目でシンプルなJack Jezzroのギターもの、で残りの6曲は、マリガン・ベイカー・カーネギーホール・コンサート、デスモンドのストリングス物、チャック・マンジョーン(フリューゲル・ホーン)のライブ、ビリー・ハーパー(テナー)の、エリック・ワトソン(ピアノ)の、最後は、Rachelle Ferrellのヴォーカルでこれが物凄い。何とか究曲にこぎ着けた。  おじさんで良かったのかも知れない?今年も何とか!チョコがもらえた。(2008年2月16日記)。

2010年2月11日木曜日

山田組?


たいした作品ではないことが判明する、私見だから、抑える必要はない。もちろん涙が溢れたなどと言うのは、生理的なもので感銘の全てではない。 面白くないというのは、判らないに近くて、改めて見て時を置いた後で考察に値するものもある。(ジャズに多い・・・見直し術を優遇させているわけではない)。 ストーリーがよめる、意図がくみ取れる、などの感触や、匂いでは、☆の数がイントロ部分で決められる。・・と思う。「フラ・ガール」を見た。続いて「ウィニング・パス」を見た。同様の思い然り。 「フラ・・・」の放映番組の冒頭で李相日監督が、受賞作だからといって、話題作だからといっての先入感をを崩して見て欲しい。と述べていた。その通りだと思う。手元を放れた作品は、勝手に飛び出して羽ばたいてしまう。それも評価だけど、後々で真意が解明される事もある。即座の言葉の応酬、口げんかも、顔をそむけたそしり合いにも、悠長を避けたために、寂しい結果を招いてしまう(概ね世の中のありきたりの些細な茶飯事が、こんなもの)、要因であったりと。 「ウィニング・パス」は、結果は勝利を導くが、敗因のストーリーとして短絡に走った(文字通り)事故を、反省と回顧に視点を戻すシーンも加えるが、その描写は薄く、回復と矯正に注ぐ甘さばかりが見えすぎるかと。も。 「フラ・・・」における富司純子さんのいきなり登場のインパクトがさすが、最高!。(何故か後半そがれる気分)。 「母べえ」にも、興がそがれるところがあって,劇中劇?の船室シーンとバックのヴォーカリーズだった。(2008年2月6日記)。

2010年2月10日水曜日

多手多指


故郷から知人が訪ってくる。押尾コータロー ( の父親は、私の小学校時代の3,4年先輩にあたる ) を見せてやろうと思う。モントリューデヴューは大道芸風?。2003年のviewsic specialでは、音楽観を含めたトーク及びライヴの抜粋・・・この映像の中での、ひとまわり小さなギターで弾く「パッヘルベルのカノン」は集中度といい緊張感といい、番組のハイライトを成している。モントリュージャズフェスティバルが構成上、1曲のみのパフォーマンスで演出されたことを画面だけで探ると、ステージのたった1人の東洋人はピエロの如く映ったのも確かだ。際物としてスタンリー・ジョーダンの2の舞か等と懸念もした。あれから数年経っている。定評を手中におさめつつある。昨年、近隣の竜ヶ崎で凱旋コンサート?をしている。(2007年2月10日記)。

2010年2月9日火曜日

時を駆ける


 実写版対アニメ版。「時をかける少女」のことです。すごい23年も経ている、原田知世さんが今CMでコーヒーの宣伝に出ているのを見ると尚のこと、凄いのを痛感する。83年版は、瓦屋根が崩れたりと“八つ墓村”みたいな怖さが青春ものの純な視線を不気味化させている。入江たかこさんと上原謙さんを登場させただけでも雰囲気は固まる。いたしかたない?と思う・・・ひきかえ06年版アニメは、よくできている。創造が加えられて、男子のコウスケ、チアキと女子のマコトの3人の名前とから既に性格と現在の時代感覚が盛り込まれて、その位置すら想像できる。奇妙な体験が、実は早とちりだったり、もしくはおっちょこちょい、あるいはおせっかい、あわてん坊という感情が原因になっていることを観客には推察させる、ほのぼのとした時間差をみせてくれる。だから実験室の秘密も、チアキの告白も、神秘なるもののエピソードとして軽く受け止めることができる。そのほか“耳をすませば”的な恋愛観も進路選びもちゃんと‘高校生’の位置で描いているので、爽やかさは充分感じられる。3人の親しさと周囲の距離感が自由なとらえ方で、ふと懐かしくもなしえなかった時代の理想も醸し出す。マコトさんが疾駆する駅前の坂道と踏切は、‘かける少女’を支える空間に仕上がった、と。
(2008年2月25日記)。
 最近、実写版の3作目の話題を聞いたばかり。しぶとい角川?

2010年2月5日金曜日

立春


節分、立春、と続く。このような岐路に立ち、もやもやとか、きっぱりとか、または鬱々、キャピキャピ、「魂萌え」をこんな風に把えていいのだろうか? 31日、柏で話題の映画を見た。観客は3人きり。(信じられないくらい!) これまでも、よくテーマにされてきたストーリー。真新しさはないが、映画作りの視点、姿勢に魅入る。三田佳子のキャスティングと足元シーン2カ所に監督のひらめき、冴えをみる。麿赤児はぴったりしすぎて、豊悦の号泣シーンと、どちらもはまりなのか、違和感なのか、加藤治子の重みと共に印象に残る。風吹ジュンも、よく「ぬけた」感じ。(2007年2月5日記。)

2010年2月3日水曜日

降雪


 なかなか降らなくなったと思う。幼いときの記憶では深かったように思えるが、実は昨年〈2008〉この日降雪で、タイしたことのない積雪ゆえスコップも毎年持ち越しで、やはり売れませんでした。もちろん悪天候で客足もばったり・・・でした。フォトはふた昔前か?(2009年2月3日記)

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節分

もうぢき、はーるですね。恵方巻きなんて水海道周辺で出あったことなかった。70年代末です。GENさんのイラスト見られるかな。
今思うとコーヒーにしても、それが「いなかもん」というメニューだったりして、よく平気で出していたなあ。嘆息、述懐の候。とにかくこれから4月までは、いろいろ、あるよって実感込められる季節です。
ところで節分に、ココアは?いかが (1979年2月3日ノートから)。