宇都宮で挫折して(すぐ、挫折する)、実家に戻り7月後半のお祭りで癒されたら、もうゆっくりしていられない、当然のこと。就職せねばと夏の暑い盛り、都内方面をバス、汽車、電車を乗りつないで探し回った。現在のような、折り込み広告は全くない。職安と、虫眼鏡で探すような新聞の小さな小さな三行広告(もちろん大きいスペースもある)が頼りだ。高卒後の初めての夏、苦節の始まりであるのは確かだ。家業は、製菓・菓子小売業の、僅かの縁で京橋にある大きな会社の、多摩営業所に入った。パン屋である。工場は他にあり配達の中継点としてそれは拝島にあった。初めは、パンの仕分け作業、夜勤だった。次いで、助手席での配達業務、そして事務所での仕事、3年有余で製造以外は全てこなした。配達での運転手は、専門の運送会社で、強面もいれば、偏狭もいてと、配達先のお店の人との多彩な表情の受け答えは、まさにそれぞれの模様で、いくら掴んでもとらえきれない量で押し返してきた。めまぐるしい変わりようなのに、この地の取り残されるさまも見える。やはり、過疎であるのは否めないし、時間の進みようが、やはり秀逸、と讃えてしまう。この往路、復路が楽しかったのは言うまでもない。 先日11月14日、日の出町の「イオンモール」に、紅葉狩りの帰りに寄った。入れるわけがない、今日23日がでっかいオープンなのだった。 往時、砂利道も多く、周囲を隔てるものは、樹木やはるかな里山ばかりなのに、今は、その後にそそりたつ建物さえみえて狭さを感じる滝山街道。その滝山城跡辺のモノクロを一枚挿入。《2007年11月23日(金)ノート》

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