東京、三多摩に拠点をとっていたのは1960年代中頃から70年前半の僅かな時間でそれは、昭島、清瀬、分倍河原、東府中と引っ越しと転職を繰り返した10年足らずの一人暮らしであった。そして、職場は、拝島、初台、五反田、渋谷松涛、神楽坂、武蔵野台と変わった。特に松涛の時は、出張作業が多くそれは都内(道具箱を抱えて電車で行く)のみならず関東近隣、長野、新潟までの多岐にわたり楽しいものだった。まあ体のいい"パシリ"ですが。 運転免許なしだから(助手席やらトラックの荷台やら)、このうえなく観光気分で? 11月14日(水)の奥多摩湖までの回遊コースは、まさに復刻版のようだった!とは言え、思い出すだけで、"うるるん"するものは何もない。体の中に記憶がよみがえるのみで、なるほどと納得するだけ。40年は全くの空白ではなく、間は埋めるように、少しは高尾や八王子、御嶽山と訪ねたこともあった、そのせいだ。 今回、紅葉の季節にであえた。《2007年11月17日(土)ノート》
0 件のコメント:
コメントを投稿