2011年11月19日土曜日

界面

《1980年11月19日(水)》
上に兄がいて、下に妹がいて、それがぼく(この時36才)の兄妹だ。2人とも既に結婚している。独身主義者ではないから、ぼくの現在は情けない境遇のように思えて悲惨な気分になることも、たまにはある。
たまに、というのは極く稀で馴れを多くしているから平気で満喫していられるのかも知れない。
妹も、今では母親で、幼い頃の様相はだいぶ影を潜めた気がする。特徴的な、それは癇が強いということだったか。もちろん酷い時には、癇癪を起こしていたわけだ。
かんしゃく持ちか、否かは不明だが、確かに癇の強そうな女性(!?)の絹裂き悲鳴を、この頃聞き始めている。
自己のペースを乱されそうな周囲の卑猥な純真さに、孤立した生真面目さが、浮き出したための、おののきに似た悲鳴だ。その声の反響によってまた惑溺している気配も続いている。
こうした罹病体質は、当然の・はしか・みたいなものかも知れない。
界面を支えるものは、たった1枚の壁であり、ガラスであり、自由を交歓するものは、スウイング機能を持った1翼のドアである。こちらを内界とすれば、そちらは外界。空気の流れに僅かの異は認められるかも知れぬが、概ね似た世界であることはまちがいない。
幻視と耽溺の異常さに依って、自由さを奪われてしまって世界そのものが、覚醒剤の如き効を発し、自転、反転、渦巻きなどの撹拌を繰りかえし自身のエゴのみが、受容されているような錯覚の恍惚感に沈潜するから、一種の罹病、かぶれが始まる。
危険分子の誘惑に、とまどいの甘えを見せる時に、そうした絹裂き悲鳴が漏れる。
みな、同じような経緯をたどっているわけではないが、陽性、陰性、或いはもっと複雑な人間がさまざまな形象を描いて、迎合、別離を演じている。
熱を移動するわけだから、どちらをも哀しみ、歓びの濃淡が、感情の谷間を無雑作に通過する。それを見つめることは、心を披瀝することなのではなかろうか。

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