2011年11月8日火曜日

Indian Summer

《1980年11月8日(土)》
小春日和(Indian Summer)の柔らかな陽射しの谷間に、またやって来たいやな季節。
寒いから、いやだというのではなく・・・もっともぼくには関係は乏しくなってきているが・・・・・季節の開閉時に訪れる悲喜交々の『年中行事』を迎えたという、自身の安易な期待感も混じっている。
就職とか、進学というのは、1個人の問題に留まらず、最小の社会を形成する家庭を基盤にしているからであろう。いや、多くは家庭より放たれて、家庭に戻るような考えを持っている。
俄かに持ちよった防衛問題に詳しい若者がいる。もちろん興味もあるのであろうが、この考え方をつきつめると、保守と安全に集約されそうな気がするのである。そして保全を成している根幹は、家庭にあるという無意識な潜伏観ではないだろうか。
音を一つの主張として、楽器を奏しているならば、テクニックやセンスはいくばくかの進展を望めようが、音楽に対峙する臨み様は、自身の精神性を越えることは、あり得ないと思われる。
価値観が多彩になり、溢れ出している世の中です。ものは考え方・・・かも知れない。だから、このままで良いと思えば、そうすればいい。(いずれ、ナチュラル・カーブで曲がることなど、予見することも出来ぬ) しかし、変えながら意識的な試みを施さないと、手の届かない真理のあることも事実だ。

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