《1979年11月5日(月)》
饒舌と寡黙。そのどちらも豊かな性格をもっている。時には、陽気に、そして陰気に。ふだんから物静かな人が、急に喋り過ぎたり、逆に派手な人が黙りこんだり、そいう身辺事の変化は多くある。それぞれの問題を抱えこみ、悩みを負うて当然のことである。自分自身の問題ゆえ、操作しているのであるが(あるいは、感動とか、ショックのために自然そうなってしまう)、多くは饒舌なり寡黙に変わるのは、相手に与える不躾な威嚇である。威嚇でなければ、相当な照れであり、さぐりであろうか。沈黙は美徳なり、などの諺があるが、ともかくも饒舌も寡黙も、性格を超えて度を過ごし、故意や策意を顕著に明らかにしだすと、これは立派なお節介であり、なめらかな舌の回転のみならず、美徳といわれた貝の如き、固い閉ざし方にも罪なものがあるかも知れない。
饒舌と寡黙。そのどちらも豊かな性格をもっている。時には、陽気に、そして陰気に。ふだんから物静かな人が、急に喋り過ぎたり、逆に派手な人が黙りこんだり、そいう身辺事の変化は多くある。それぞれの問題を抱えこみ、悩みを負うて当然のことである。自分自身の問題ゆえ、操作しているのであるが(あるいは、感動とか、ショックのために自然そうなってしまう)、多くは饒舌なり寡黙に変わるのは、相手に与える不躾な威嚇である。威嚇でなければ、相当な照れであり、さぐりであろうか。沈黙は美徳なり、などの諺があるが、ともかくも饒舌も寡黙も、性格を超えて度を過ごし、故意や策意を顕著に明らかにしだすと、これは立派なお節介であり、なめらかな舌の回転のみならず、美徳といわれた貝の如き、固い閉ざし方にも罪なものがあるかも知れない。
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