《1980年1月9日(水)》
生ぐさいといって、その臭気が鼻につき悪寒を覚えるのは、生から死へ移るときの状態だったり、既に死して後に発せられる匂いである。しかし、死は何でも生を得ているものには、必ず訪れるものであり、、その死臭もさまざまであろうと思う。純なものほど、優しい臭気の悪寒を与え、生を帯びていた時を、気持ちよく快諾させるものである。
生ぐささに不快感を禁じ得ないのは、そのものの持っている生の匂いを失って、影響というよりも、、虎の威を借りた程度の溺れ方で、汚濁した異臭を発するからだ。異臭というのは、そのものから当然発せられるものを越えて、別なものを感じてしまうことだろう。
所謂、かぶれなのである。
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