よもやと思ったが検索のワイド性にびっくりした。
小学生の頃、今から50年以上も昔のことだ。寛ぎの娯楽といえば、ラヂオで、6球スーパーマジックアイ付きナナオラ製の緑の「瞳」(マジックアイ)を絞り込んで選局して、浪曲を聴いていた。AMだけで、FMが始まる10数年も前になる。広沢虎造、玉川勝太郎、寿々木米若とかが、当時著名であった。が、親父の好みがうつって、「広沢菊春」に惹かれた。同じ広沢でありながら、虎造一派とは異なる表現をしていて、所謂、浪花節から派生した“うなり”や“だみ声”に偏らない“ささやき“や“小声”、そして語りを主軸に据えるパフォーマンスは、形体として群を抜いていた(人気はマニアックで狭小だったかもしれない)。異端でした。正統派では、木村若衛のデビュー時、木村重行の渋さが、耳の記憶にある。
とんでもない“検索万能”時代に出合って、広沢菊春も、木村若衛も一瞬にして手元に近づく、便利に攪拌される、今日この頃なり~い、一編の終わり~い~。
本日、親父殿の命日なり~い。 《2008年5月25日(日)記》。
小学生の頃、今から50年以上も昔のことだ。寛ぎの娯楽といえば、ラヂオで、6球スーパーマジックアイ付きナナオラ製の緑の「瞳」(マジックアイ)を絞り込んで選局して、浪曲を聴いていた。AMだけで、FMが始まる10数年も前になる。広沢虎造、玉川勝太郎、寿々木米若とかが、当時著名であった。が、親父の好みがうつって、「広沢菊春」に惹かれた。同じ広沢でありながら、虎造一派とは異なる表現をしていて、所謂、浪花節から派生した“うなり”や“だみ声”に偏らない“ささやき“や“小声”、そして語りを主軸に据えるパフォーマンスは、形体として群を抜いていた(人気はマニアックで狭小だったかもしれない)。異端でした。正統派では、木村若衛のデビュー時、木村重行の渋さが、耳の記憶にある。
とんでもない“検索万能”時代に出合って、広沢菊春も、木村若衛も一瞬にして手元に近づく、便利に攪拌される、今日この頃なり~い、一編の終わり~い~。
本日、親父殿の命日なり~い。 《2008年5月25日(日)記》。

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