2011年5月7日土曜日

プリティ

《1981年5月7日(木)》                                         
美人で可愛いいとは思うのだけれど、
「女性としてはねぇー?」と疑問符をつけて答える男子が意外と多い。ぼくも大したことは言えないが、こういう時の男の眼は、どちらかというと、女性に対する一つの条件を頑なに持っていると思える。そして美しさに、いろんな表現のあることを拒んでいるとも言える。つきあいそのものは交歓であると考えているから、美人であろうが可愛くあろうが、ただの飾り花に過ぎない場合もある。
ゴールデン・ウイーク期間中に帰省していた大学1年の女子が、後輩の高校生たちを見ていて嘆いていた。いいとこ(?)のお嬢さんで、朗らかな健康さんだけれど、それだけのことで判っちゃいないんだなぁーとぼくには思える。優しさは波長の合う者のみ届けられる筋ではない。表面的なことだけで、判断する愚は避けなければならない。そして表面にのみ、素直さが集結するような虚飾から脱さなければならない。
女性としても、欠かせぬことだけれど、1個の人間として魅力があるかどうかが、美人とか可愛いいよりも先決なのではなかろうか。性格的な基地は、それらの飛翔台にはなっている。
キャッチボールみたいな言葉の往来からたしかめると、その速度、反応に拘わらず、独自のプリント配線を通過して、はっとするほどの正直さが返ってくることがある。few・という僅かな奇跡を、おもしろいという比喩で、ぼくは堪能した。

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