2011年3月29日火曜日

都会風

 《1980年3月29日(土)》
ほぼ、1日おきに5回くらい来てくれた女の子がいる。これからも、やって来るかどうかは判らない。若い娘で23才、東京風を吹かして、毎度ファッションを替えて来た。MUSEの汚れた、ただれた店内には、あまり似合わない。色彩感覚もいいとは、思うけれど、情報誌でまとめられた標準性に則しているだけかも知れぬ。
初めて来た日に、披露の積もりで夜遅くまで喋った。それで、てっきりぼくは飽きてしまった。つまらん会話だったからだ。そうした会話を、若人意識の洒落たものだと錯覚して、いつでも同じように続ける意外な人もいる。自分がさらけだされて、ポツリポツリと語られる話に、あるいは果てしなく饒舌で、ポンポン飛び出す真実に惹かれたり・・・。
根を持たない浮き草のような会話は、土足侵入の掟を破棄もせず、それはそれで安心していられるが、どんな冗談にせよ、他人からいただきの話題にしろ、自分が相手に伝えようとする姿勢に、真摯さがなくては、当人を理解することは難しい。この感覚は相当常識的で、どこでも同じような判断が成されるだろう。単純に嫌いだという言葉を吐いて片づけてしまうけれど、特異な辟易感のみで拒否反応を拡げて彼女を葬ったことの早合点を、指摘を受けるほどの麻痺した感性の持ち主でもないし、ノミの心臓でもない。
若い女性の、鼻っ柱を苦もなく砕いたことの、爽快な気分だ。自分の若すぎる反発心の方が嬉しい。

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