まさか、と思うが?クルマを乗り換えたせいで不調に陥った。それもガラにもなく若者志向に走っただけの“軽”薄さでみっともないってありゃしない。推測ですがクルマの乗り降りだけで(左)肩をこわした・・・と思う。昔50ccのバイク乗っていた時に事故で鎖骨を折ったような痛みに襲われた。炎症を起こして、痛みが増したのだろう。もちろん年齢相応の老化する肩や腰の劣化もあるので判断が難しいところもあるが、医師はそんなことをおくびにも出さず処方箋を出してくれた。快方に向かうのだろうか少し不安もある。この稿は?を除いて全部右手だけの作業でこなしている。桜の季節のとんだ出来事に今年は遭遇した。自らの演出で。花冷えが終わる頃までには、回復したい。《2008年3月30日(日)ノート》
2011年3月31日木曜日
2011年3月29日火曜日
都会風
《1980年3月29日(土)》
ほぼ、1日おきに5回くらい来てくれた女の子がいる。これからも、やって来るかどうかは判らない。若い娘で23才、東京風を吹かして、毎度ファッションを替えて来た。MUSEの汚れた、ただれた店内には、あまり似合わない。色彩感覚もいいとは、思うけれど、情報誌でまとめられた標準性に則しているだけかも知れぬ。
初めて来た日に、披露の積もりで夜遅くまで喋った。それで、てっきりぼくは飽きてしまった。つまらん会話だったからだ。そうした会話を、若人意識の洒落たものだと錯覚して、いつでも同じように続ける意外な人もいる。自分がさらけだされて、ポツリポツリと語られる話に、あるいは果てしなく饒舌で、ポンポン飛び出す真実に惹かれたり・・・。
根を持たない浮き草のような会話は、土足侵入の掟を破棄もせず、それはそれで安心していられるが、どんな冗談にせよ、他人からいただきの話題にしろ、自分が相手に伝えようとする姿勢に、真摯さがなくては、当人を理解することは難しい。この感覚は相当常識的で、どこでも同じような判断が成されるだろう。単純に嫌いだという言葉を吐いて片づけてしまうけれど、特異な辟易感のみで拒否反応を拡げて彼女を葬ったことの早合点を、指摘を受けるほどの麻痺した感性の持ち主でもないし、ノミの心臓でもない。
若い女性の、鼻っ柱を苦もなく砕いたことの、爽快な気分だ。自分の若すぎる反発心の方が嬉しい。
ほぼ、1日おきに5回くらい来てくれた女の子がいる。これからも、やって来るかどうかは判らない。若い娘で23才、東京風を吹かして、毎度ファッションを替えて来た。MUSEの汚れた、ただれた店内には、あまり似合わない。色彩感覚もいいとは、思うけれど、情報誌でまとめられた標準性に則しているだけかも知れぬ。
初めて来た日に、披露の積もりで夜遅くまで喋った。それで、てっきりぼくは飽きてしまった。つまらん会話だったからだ。そうした会話を、若人意識の洒落たものだと錯覚して、いつでも同じように続ける意外な人もいる。自分がさらけだされて、ポツリポツリと語られる話に、あるいは果てしなく饒舌で、ポンポン飛び出す真実に惹かれたり・・・。
根を持たない浮き草のような会話は、土足侵入の掟を破棄もせず、それはそれで安心していられるが、どんな冗談にせよ、他人からいただきの話題にしろ、自分が相手に伝えようとする姿勢に、真摯さがなくては、当人を理解することは難しい。この感覚は相当常識的で、どこでも同じような判断が成されるだろう。単純に嫌いだという言葉を吐いて片づけてしまうけれど、特異な辟易感のみで拒否反応を拡げて彼女を葬ったことの早合点を、指摘を受けるほどの麻痺した感性の持ち主でもないし、ノミの心臓でもない。
若い女性の、鼻っ柱を苦もなく砕いたことの、爽快な気分だ。自分の若すぎる反発心の方が嬉しい。
2011年3月27日日曜日
スポイル
《1981年3月27日(金)》
いよいよ、駄目になっていくんだなあーと思ったりもする。
こういう時に
スポイルという適切な言葉がある。
しかし、自分ではその駄目になっていく状態が殆ど判らない。いろんなことが面倒くさくなったり、耐えられなくなったりが、その初期症状だ。
時代の優しさが市民権を得てしまったものに、差別用語排除というのがある。何故、急激にそんな傾向に進展したのであろうか。
現実を直視した場合に、一瞬のうちに通過するフィルターを教養だとか、優しさだとか言ってしまっていいものであろうか。精神的なベースが仕上がっていない限り、言葉は単なる記号に過ぎない。その唇から送られてくるものに、記号以上のどんな知性を見つけようと言うのだ。
いよいよ、駄目になっていくんだなあーと思ったりもする。
こういう時に
スポイルという適切な言葉がある。
しかし、自分ではその駄目になっていく状態が殆ど判らない。いろんなことが面倒くさくなったり、耐えられなくなったりが、その初期症状だ。
時代の優しさが市民権を得てしまったものに、差別用語排除というのがある。何故、急激にそんな傾向に進展したのであろうか。
現実を直視した場合に、一瞬のうちに通過するフィルターを教養だとか、優しさだとか言ってしまっていいものであろうか。精神的なベースが仕上がっていない限り、言葉は単なる記号に過ぎない。その唇から送られてくるものに、記号以上のどんな知性を見つけようと言うのだ。
2011年3月24日木曜日
2011年3月23日水曜日
2011年3月15日火曜日
4日経て
ようやく揺れも少なくなった。今では枕元にヘルメットを備えるようにして、タンスに補強も加えて!
その日、3月11日は病院の帰路だった。交差点で信号待ちの2時46分に、揺れが襲った。地震であるのを確認するには、右折左折し、脇道に入った100メートル以上も走ったのちの、電線の大揺れを見てからだ。とにかく古式の軽自動車でポンコツ寸前だったから、巨大地震を恐れるまでに数分かかった。
家の中は、まずまずの?散乱。
まずまずなどと安堵を記したが、テレビの画像が捉えたは、津波に幅広くのみこまれる街や漁港で抗すべくもない猛威、現実の辛辣さに、胸熱く 瞼は涙をこらえることができない。数年前に見た、あの海岸線も・・・。
その日、3月11日は病院の帰路だった。交差点で信号待ちの2時46分に、揺れが襲った。地震であるのを確認するには、右折左折し、脇道に入った100メートル以上も走ったのちの、電線の大揺れを見てからだ。とにかく古式の軽自動車でポンコツ寸前だったから、巨大地震を恐れるまでに数分かかった。
家の中は、まずまずの?散乱。
まずまずなどと安堵を記したが、テレビの画像が捉えたは、津波に幅広くのみこまれる街や漁港で抗すべくもない猛威、現実の辛辣さに、胸熱く 瞼は涙をこらえることができない。数年前に見た、あの海岸線も・・・。
2011年3月12日土曜日
強烈カバー
ニーノ・ロータとセロニアス・モンク、強烈な個性のカバー・アルバムを持っている。ハル・ウイルナー監修ののそれはカバー集の域を超えた強烈なインパクトを放っている。多彩なメンバーの個性的なアプローチが魅力で、プレイヤーの音が出ているだけで凄い興奮を覚える。
最近、ミンガス集があるのを知り購入した。単に不勉強で忘れていたのかも知れないが、1992年のこのアルバムは、全体に趣を整えていて叙事詩のようなつながりを感じる。コンポーザーの個性の羅列に終わっていない印象。殊に「直立猿人」の咆哮にかぶさるギターの裏にジミ・ヘンの「リトル・ウイング」が聞こえてくるあたりは鳥肌ものだ。
トリビュートものは、企画性で営業そのものの匂いがふんぷんし、顔をそむけたくなる失敗もあると思うが、このハル・ウイルナー盤は貴重なセッションだと認める。 《2009年3月11日、ノート》
最近、ミンガス集があるのを知り購入した。単に不勉強で忘れていたのかも知れないが、1992年のこのアルバムは、全体に趣を整えていて叙事詩のようなつながりを感じる。コンポーザーの個性の羅列に終わっていない印象。殊に「直立猿人」の咆哮にかぶさるギターの裏にジミ・ヘンの「リトル・ウイング」が聞こえてくるあたりは鳥肌ものだ。
トリビュートものは、企画性で営業そのものの匂いがふんぷんし、顔をそむけたくなる失敗もあると思うが、このハル・ウイルナー盤は貴重なセッションだと認める。 《2009年3月11日、ノート》
2011年3月9日水曜日
2011年3月7日月曜日
サックスソロ
《1981年3月7日(土)》
ディビッド・マレイのサックス・ソロ2枚をぶっ続けて聴いた。何故か情緒がはっきりしてメロディの流れが安易に耳に届いて、少々気になった。これがいいという、ものだろうか。この種のジャズに関しては炸裂すればするほど、咆哮すればするほど、いいみたいな抵抗力の感傷度がある。しかし、感傷にふけることで理解力が確かめられる訳ではない。けれど、感傷という侵略係数のヴォルテージが昇ることによって、ジャズに接している興奮が確かめられるのかも知れない。これは決して鑑賞といった安楽椅子的受け身体制ではない音楽の典型に、ジャズは大きく位置しているものだと思う。
1965年前後の頃、オスカー・ピーターソンやハービー・マンを好んで聴き、新しい音を漁ったことがある。当時の愛聴盤は「ウェスト・サイド・ストリー」(オスカー・ピーターソン)で、いまこれを耳にしても衝撃はないが、揺るがぬ音楽性と気品は、そのまま残されている。とても酒を飲みながら適するジャズだとは、ぼくには思えきれない。酔いながらの雰囲気で接してしまう余裕はぼくにはない。
逆に言えば、暇に任せて、朝っぱらから酒を飲んでいて、ジャズが酒の肴になって酔いを誘っていた休日が過去にあった。ジョー・マクフィーもバイヤード・ランカスターも、ジャック・クールシルも分け隔てなく空腹な胃に、赤いウイスキーと共に滲みていたのであった。
ディビッド・マレイのテナー・サックス・ソロを聴いていて、ジョン・コルトレーンの演りたかったのは、こんな自由なライブだったのではなかろうかと、思っていた。「至上の愛」や「変遷」での一種、荘厳な様式化は、敬虔な祈りの如き怒濤と静寂をたたえてはいるが、音の表情はせめてそのへんまでで、他願視している委任の部分に、怠惰が感じられてならなかった。ビレッジ・バンガードのライブに、コルトレーンの全貌が集約されているように思える。それでも、尚、自由にはなれなかったのだろう。コルトレーンが今、生きていたとして、どんな風になって変化していったか、どうか想像することは楽しい。彼のグループ・サウンズの昇華の激しさからすると、強力なフュージョン・バンドに移行していったと思える。そして常に、オーネット・コールマンやセシル・テイラーの資質を興味深く眺める心境になっていたろう。コルトレーンは俗から抜け出ることを自身のプレイに課していた。しかし、コールマンやアーチィ・シェップに感じられるのは、いつまでも俗であるナチュラルな精神性から送られてくる音だ。そのスノッブ性に同胞を覚える。といって俗化することを試みる妥協心はコールマンやシェップ、テイラーの頭にはなかった。
若手のデビッド・マレイも、彼らと同じ範疇。
ディビッド・マレイのサックス・ソロ2枚をぶっ続けて聴いた。何故か情緒がはっきりしてメロディの流れが安易に耳に届いて、少々気になった。これがいいという、ものだろうか。この種のジャズに関しては炸裂すればするほど、咆哮すればするほど、いいみたいな抵抗力の感傷度がある。しかし、感傷にふけることで理解力が確かめられる訳ではない。けれど、感傷という侵略係数のヴォルテージが昇ることによって、ジャズに接している興奮が確かめられるのかも知れない。これは決して鑑賞といった安楽椅子的受け身体制ではない音楽の典型に、ジャズは大きく位置しているものだと思う。
1965年前後の頃、オスカー・ピーターソンやハービー・マンを好んで聴き、新しい音を漁ったことがある。当時の愛聴盤は「ウェスト・サイド・ストリー」(オスカー・ピーターソン)で、いまこれを耳にしても衝撃はないが、揺るがぬ音楽性と気品は、そのまま残されている。とても酒を飲みながら適するジャズだとは、ぼくには思えきれない。酔いながらの雰囲気で接してしまう余裕はぼくにはない。
逆に言えば、暇に任せて、朝っぱらから酒を飲んでいて、ジャズが酒の肴になって酔いを誘っていた休日が過去にあった。ジョー・マクフィーもバイヤード・ランカスターも、ジャック・クールシルも分け隔てなく空腹な胃に、赤いウイスキーと共に滲みていたのであった。
ディビッド・マレイのテナー・サックス・ソロを聴いていて、ジョン・コルトレーンの演りたかったのは、こんな自由なライブだったのではなかろうかと、思っていた。「至上の愛」や「変遷」での一種、荘厳な様式化は、敬虔な祈りの如き怒濤と静寂をたたえてはいるが、音の表情はせめてそのへんまでで、他願視している委任の部分に、怠惰が感じられてならなかった。ビレッジ・バンガードのライブに、コルトレーンの全貌が集約されているように思える。それでも、尚、自由にはなれなかったのだろう。コルトレーンが今、生きていたとして、どんな風になって変化していったか、どうか想像することは楽しい。彼のグループ・サウンズの昇華の激しさからすると、強力なフュージョン・バンドに移行していったと思える。そして常に、オーネット・コールマンやセシル・テイラーの資質を興味深く眺める心境になっていたろう。コルトレーンは俗から抜け出ることを自身のプレイに課していた。しかし、コールマンやアーチィ・シェップに感じられるのは、いつまでも俗であるナチュラルな精神性から送られてくる音だ。そのスノッブ性に同胞を覚える。といって俗化することを試みる妥協心はコールマンやシェップ、テイラーの頭にはなかった。
若手のデビッド・マレイも、彼らと同じ範疇。
2011年3月6日日曜日
35年以上も
のつき合いになる! 3月になって、多忙の合間をぬって賀状が届いた。うれしい。もちろんこちらは忙中閑の閑&寒?で人任せ状態中、押しかけの郵便物やメールで心和む、簡易な安らぎを得ている。これがうれしいのだ。今年の言葉は“年取った・・・”の記述だった。ずばり“本音”。同感します、3才若いだけだから、ちょうどの基点に立った実感も必ずあるやと思います。そこを認めるからこそ、起点になる新しいスタートであることを記したのだと思う。周知の人です、表現するものや演じるもののメディアと共に、不思議感覚の漫画や、イラストで、いつまでも魅力尽きずで、とらえきれません。・・・
なのに、という気持ちです。 挿入、1972年のことです、悪しからず。もちろんねずみ年。苗場も湯桧曽も想い出します。 《2008年3月6日(木)ノート》
なのに、という気持ちです。 挿入、1972年のことです、悪しからず。もちろんねずみ年。苗場も湯桧曽も想い出します。 《2008年3月6日(木)ノート》2011年3月4日金曜日
連鎖
《2008年3月4日(火)》
サトウサンペイさんのように、サンドラ・ブロックが好きで「クラッシュ」を見た。とんでもない、主役じゃない。だれ一人主役を演じていない。連鎖反応というのだろうか、次から次へと繰り出される人物と家庭とが、辛い事件とか猥雑なトラブルとか煩雑な日常とかで僅かにつながっていく、ドラマだ。無関心で通り抜けてしまう社会の中にふり返ってみると何か、触れてきたもののティストが微かにくちびるに想い出させる、親しみが残る凄い作品だ。字幕を追っていると間違いなく片隅の映像を見逃してしまう。マット・ディモンの検問のシーンとか、女児が背後から撃たれるシーンの母親の絶叫や、鬱を深めてゆくサンドラ・ブロックとか、複数回見なければ、安心できる納得が得られないのではと思う。人種差別とかいう、多民族社会のとかいう、テーマの断片は掴めるが、ここ日本でも現れはじめた主張することが大事のカゲで、沈黙する人、弱い人、ごねる人、悶着する人の力関係をしっかり融和させる、やはりきちんと伝えることの出来る現代社会への・・・・・理想に至る映画なのではと感じた。音楽はマーク・アイシャム、無国籍ワールドミュージックで、時折のヴォーカリーズはピッタリ。後半に挿入された歌が、だれなのか判らないでいるが、しっとりした哀調でエンディングに続く。これもいい。
サトウサンペイさんのように、サンドラ・ブロックが好きで「クラッシュ」を見た。とんでもない、主役じゃない。だれ一人主役を演じていない。連鎖反応というのだろうか、次から次へと繰り出される人物と家庭とが、辛い事件とか猥雑なトラブルとか煩雑な日常とかで僅かにつながっていく、ドラマだ。無関心で通り抜けてしまう社会の中にふり返ってみると何か、触れてきたもののティストが微かにくちびるに想い出させる、親しみが残る凄い作品だ。字幕を追っていると間違いなく片隅の映像を見逃してしまう。マット・ディモンの検問のシーンとか、女児が背後から撃たれるシーンの母親の絶叫や、鬱を深めてゆくサンドラ・ブロックとか、複数回見なければ、安心できる納得が得られないのではと思う。人種差別とかいう、多民族社会のとかいう、テーマの断片は掴めるが、ここ日本でも現れはじめた主張することが大事のカゲで、沈黙する人、弱い人、ごねる人、悶着する人の力関係をしっかり融和させる、やはりきちんと伝えることの出来る現代社会への・・・・・理想に至る映画なのではと感じた。音楽はマーク・アイシャム、無国籍ワールドミュージックで、時折のヴォーカリーズはピッタリ。後半に挿入された歌が、だれなのか判らないでいるが、しっとりした哀調でエンディングに続く。これもいい。
2011年3月3日木曜日
たじろぐ
《2009年3月3日(火)》
モンスターと形容する。ある日♂から♀に変身して、不可思議な偏った理性をふりかざして、(無理もないか)タカが21才の若者が攻めてきた。少したじろぐ、純な言葉尻に屈する!60余才が、がらにもなく抗するが口吻が抑えられず結構、醜態をさらす。仕方がない、真剣なのだから。
いつでも真剣だったと思っていたのは、周りの柔和な扱いに助けられていたのかも知れない。甘えていたのだと悔悟の念。モンスターを責めても始まらない。このカタカナ5文字の、流行の言葉を押しつけて葬ることがベスト。
しかし、オトコなのかオンナなのか、実際よくわからない。見分けにくいことも付け加えて言葉攻撃の極として、やーめたと。
【追記・実は、昨年2010年11月頃に、久々に彼の地を訪れたところ、既に当人は辞めていて、そのせいで温和な空気に変わり、その快適な状態が、小さな前進を築いていた・・・と思った】
モンスターと形容する。ある日♂から♀に変身して、不可思議な偏った理性をふりかざして、(無理もないか)タカが21才の若者が攻めてきた。少したじろぐ、純な言葉尻に屈する!60余才が、がらにもなく抗するが口吻が抑えられず結構、醜態をさらす。仕方がない、真剣なのだから。
いつでも真剣だったと思っていたのは、周りの柔和な扱いに助けられていたのかも知れない。甘えていたのだと悔悟の念。モンスターを責めても始まらない。このカタカナ5文字の、流行の言葉を押しつけて葬ることがベスト。
しかし、オトコなのかオンナなのか、実際よくわからない。見分けにくいことも付け加えて言葉攻撃の極として、やーめたと。
【追記・実は、昨年2010年11月頃に、久々に彼の地を訪れたところ、既に当人は辞めていて、そのせいで温和な空気に変わり、その快適な状態が、小さな前進を築いていた・・・と思った】
2011年3月1日火曜日
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