2010年12月23日木曜日

師走の涙③

《1979年12月19日(水)》
・・・・・
何故、どうして泣いたのですか
Moさん。

ぼくがMoさんと喋り続けている間に、彼女がどうしても話せない部分があった。それは彼女にとってものすごく大切なことだったようである。彼女の目下の理想が、その辺に集約されていると思えた。北海道や京都、A・アイラー、M・タイナーの軌跡が僅か想像できたのである。美術を選んだことや、自転車旅行をしたいなどということは、彼女自身の個性に依るもので、言えない部分から秘かな影響ではなかったと思われる。
Moさんの涙について続けよう。
自分の望んでいることと、親との関わり合いを考えるとき、困難な事が歴然としてあったのではなかろうか。
ぼくが東京へ出た頃の話をした。故郷を離れて生活してて、田舎の事を自ずと忘れて、平気で一人暮らしに馴れてしまった事なんかを喋った。親父の死んだ日のことを、克明に話したせいだろうと思う。

Moさんが泣いたのは、命を考え始めたためだろうと思う。
それでは、命に拘泥した事が、泣くことにつながる、その極めて人間的な、真実に満ちた涙について記してみよう。(・・・この続きは12月25日以降に)
蛇足だが、Moさんはコーヒーしか飲まなかった女の子である。

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