《1979年12月19日(水)》
・・・・・・
Moさんの悩みになっている・・・ひとつの生き方について、大問題として提出され、毎日がそれにまつわる話となって展開し明け暮れた。彼女のMUSE滞在時間内に、解決することなく、話の尻穂は、翌日に持ち越され、そして延々と続いた。
そんなある日、Moさんが、ぼたぼた涙を流し低くむせるように泣いた。
お茶の水の学校からの帰り、大きな画板を抱えたその日だったのである。
泣くなんてことが、考えられなかった。急に録音室(トイレのこと)に入ったりするもんだから、涙が認められると、ぼくのほうで、とまどい以上の罪悪感を覚え、てっきり恐縮してしまった。恐縮の気持ちは、当のMoさんにも立場を代えてあったのである。
MUSEの前で、賑やかに側倒立の事故車が寵児となった12月半ば頃の、それは記念すべきいい日だった。
何故 泣いたのだろうか。
何故、泣いてしまったのか、すぐ理由が判らなかった。きつく叱りつけたとか、議論してて、こてんぱんにやっつけたとか、そんな事ではなかったのである。Moさんが大粒の涙を流し、少しむせた嗚咽の様子は、体験として秘密めいていてMUSEの乾いた空気を浄化させるのにも、フィットしていたと思うのである。
Moさんは、MUSEで初めて泣いた 女の子である。多少、London、Paris風の、どんぐりまなこのつぶらさから、表面張力を、しかと見せつけて、熱い涙をボタぁーとテーブルに落として、背と肩をふるわせたのである。かわいくて、哀しくて、冒しがたく美しかった。本人に恥じらいはなかった。
ぼくはといえば、少しはうろたえて、しばしの間 新聞を見たり、ジャズ誌を開いたりして伺っていた。何故か、ひどく恥じてしまっていた。 (続く・・・・・)
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Moさんの悩みになっている・・・ひとつの生き方について、大問題として提出され、毎日がそれにまつわる話となって展開し明け暮れた。彼女のMUSE滞在時間内に、解決することなく、話の尻穂は、翌日に持ち越され、そして延々と続いた。
そんなある日、Moさんが、ぼたぼた涙を流し低くむせるように泣いた。
お茶の水の学校からの帰り、大きな画板を抱えたその日だったのである。
泣くなんてことが、考えられなかった。急に録音室(トイレのこと)に入ったりするもんだから、涙が認められると、ぼくのほうで、とまどい以上の罪悪感を覚え、てっきり恐縮してしまった。恐縮の気持ちは、当のMoさんにも立場を代えてあったのである。
MUSEの前で、賑やかに側倒立の事故車が寵児となった12月半ば頃の、それは記念すべきいい日だった。
何故 泣いたのだろうか。
何故、泣いてしまったのか、すぐ理由が判らなかった。きつく叱りつけたとか、議論してて、こてんぱんにやっつけたとか、そんな事ではなかったのである。Moさんが大粒の涙を流し、少しむせた嗚咽の様子は、体験として秘密めいていてMUSEの乾いた空気を浄化させるのにも、フィットしていたと思うのである。
Moさんは、MUSEで初めて泣いた 女の子である。多少、London、Paris風の、どんぐりまなこのつぶらさから、表面張力を、しかと見せつけて、熱い涙をボタぁーとテーブルに落として、背と肩をふるわせたのである。かわいくて、哀しくて、冒しがたく美しかった。本人に恥じらいはなかった。
ぼくはといえば、少しはうろたえて、しばしの間 新聞を見たり、ジャズ誌を開いたりして伺っていた。何故か、ひどく恥じてしまっていた。 (続く・・・・・)

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