毎日、映画を見ている。片っ端からケーブルTVの番組を録っているのだが、とても見られないものもあって“ちょっと見”で削除しているが、面白いという感覚は、自分と子供のセンスとでは微妙に差があり、警告反省で再度挑戦という回り道の文字通り“見直し”をも図っている。
古い映画「処女の泉」(1960年・ベルイマン監督)=1960年代後半に東京の2番館あたりで見た記憶がある。吉祥寺か三鷹辺りだ。評価の高さとタイトルの興味で入ったのだと思う。今回改めてゆっくり見て神話めいたストリーがうっすらよみがえる。殺戮シーンに、“美”を持ち込んでいる。
そして「薔薇の名前」(1993年)、ショーン・コネリーが渋い。クリスチャン・スレイターとたった一人の女性の情交シーンの美しさが印象的。でそれが薔薇を意味するのかと。
2作品とも、寓話性、神秘性を含んだ宗教的匂いふんぷんであり、考え方を問う、摂理を探るといったテーマ、訓戒もあってたやすく見られる娯楽作品とはほど遠い。白黒、或いはモノクロームに近い設定とあらば尚のこと、暗さも手伝って抵抗も大きい。
が見なくちゃ判らないという答えの満足感はある。
クリスチャン・スレイターの若い修道僧が、魅惑的。
挿入は、人気を固めつつの頃の作品。

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