2010年8月31日火曜日

参った

なあ、今年の暑さの厳しいこと、殆ど家で耐えているとは言え、とってもだれてしまう、日常愚痴を言ったり、ぼやくことを恥じている積もりの自分なのだが、そして馴れてしまってもイイくらいの長続きの暑さ
だけれど、ホントに応える、毎日です。

空の青さ、海の優しさ、雲の自由、赤い鳥居の尊厳、で、ここに涼しさを掲示。

2010年8月29日日曜日

灼熱の

過去には、雨に降られた、それ以上に悪天候に見舞われた「まつりつくば」もあった筈。
ことし、自分の境遇では最適な土日で初めて見る祭りとしては、それこそ、チャンスであったけれど、
毎日の、灼熱地獄のような暑さで、短い時間のジャズライブに集中する気力を失ってしまい、今回もくだらないテレビつくばの祭り中継を見るだけ、の怠惰に落ち着いた。
もっと。企画性に溢れる祭りであって欲しい。イベントだけで組まれている祭りであり、宗教も伝統も皆無の単なる「騒ぎ」なのだから、その一大事を、場当たりで埋め合わせするパフォーマンスで終わるのも少し淋しい。統一も、整合もきっと必要を感じる祭りへ伸びなくてはならない。

2010年8月26日木曜日

まつりつくば



つくばは、昭和の後半に合併して有名になった市である。科学万博あり、最近ではTX・つくばエクスプレス、と。平成元年につくばに引っ越して以来、毎夏の「まつりつくば」には一度も足を運んだことがない。夏休みの予定を組むにあたって、旅行や、ジャズフェスティバルに重きを置くと、自ずとさほどではない祭りの興味を外すことになる。25,26日という下旬の今年、天候に恵まれたようだ。のんびりするには地元の催しもいいのかな、という気持ちで、出歩くことが少なかった2007年の夏の終わりに、早くも来年こそは「まつりつくば」をなんて鬼が笑うような確約なしの、つぶやきをはいてみたりする。出不精が最も不健康だろう。  この地に羨望してやまないものがあったとすれば、それは「アクアク」の存在、もうそれは翳りだけになった感はあるが、縁も故もつながっていて、再燃の燻火はなくともとっても大きいエピタフ。 AKUAKU1979-2000 で検索できる。 奥平真吾(ドラム)、ティム・アマコスト(テナー)の眼前ライブを想い出す。《2007年8月26日(日)記》。

2010年8月24日火曜日

スカイツリー

日曜日に、錦糸町で多彩ななジャズを聴いてきた。それらを、気楽に見聞きしてきた。
インターバルは、いや、インタールードというのか、その暑さの余白はスカイツリーの眺望か。

2010年8月23日月曜日

錦糸町

東京に10年ほど住んでいて、仕事していて、錦糸町に降りたことはなかった。
きのう、初めて錦糸町を訪ねた。
第1回すみだストリートジャズフェスティバルが錦糸町で開催されたからだ。
この地は、もっと有名になる。スカイツリーのために。そして、ジャズによって。これは貴重な歪み、腕力のきしみ。

2010年8月21日土曜日

とちぎ②

高校を卒業して初めて勤めたのは、栃木県宇都宮市の百貨店だった。とにかく、デザインをやるという目標でデパートの宣伝課に配属されることを目指した。
たかが?地方の都市だけれど宇都宮は相応の都会だった、その地方の距離感に自身のホームシックも重なって簡単に寄り切られた。
宇都宮から逃げたのだ。判断は速く、辞めて故郷に帰り、約1ヶ月後に再び栃木へ赴き就職に拘った。そこは、単なる安直で腰を据えるには早計し過ぎていた。

結局、計画を練り直すためにも、とにかく東京というまともな方向を設けた。
決して、冷静であるほどの余裕はなく、母親の叱責を避けるように後押しされ昭島に引っ越した。一人になれることで始まった青春、自立だった。

2010年8月20日金曜日

とちぎ①

紆余曲折の儲けもの、か、しっかり栃木市の街並みを撮らえた。

川越とは少し異なる、織物とか木工品が基盤になっている。

2010年8月19日木曜日

断念

15年以上も前の、10月のこと栃木県鹿沼の「石裂(おざく)山」に向かった。なぜ、この山を選んだのか想い出せないが、筑波山程度の標高で当時、地味で渋い選択だと思っていた。森林が豊富でその翳りに、多いなる癒しを感じた・・・環境だったの認識である。
ところが頂上近くの険しさの前で、諦めた。岩の尾根に鎖が垂れ下がる、難所が塞がったからだ。この試練は身体能力のボク自身に与えられたモノで、母子3人には克服できる域だったかも知れない。

という訳の、断念を最近もう一度確かめようと計画しなおした。が、今回天候不順が、この好機に突然やってきた。不愉快で気まぐれな愛想だ。
再びの断念、しかも机上だ。
机上の怯えを、優先したことを悔やまないだろうか、現地は2時間以上も離れたところだ。
民主主義、多数決が支配するが、現地まで訪れて決する、前向きの余裕でもって、対処しても?まあ、仕方がない。

フォトは、充分ワケありだった、浅房山。

2010年8月16日月曜日

あり得ない・・・?

久々の、東京。東銀座で映画を見て地下鉄で有楽町まで移動して外に出て数寄屋橋辺から、そごうへ向かう。読売ホールがあるところ。映画は「たみおのしあわせ」、あり得ない話を起こりえる話のように見せかけているコメディだと思う。親近性が抜群でクスリ、ニヤリが連続する展開。Cineswitch
そごうは昔で、今はビックカメラ。さらなる昔、スティーヴ・レイシーがまばらな観客の中で寸断亀裂を奏でるトリッーキーなソプラノサックスの難解音をひけらかした読売ホールは、健在。Motosogou
JR有楽町のメガネのガードをくぐると一転してそこは書店や無印が揃うスポット。meal MUJIでコーヒーをすすると、一変して人の流れの豊かなさまざまが見えて、 癒されゆるく、疲れが引いてゆく。
《2008年8月14日(木)記》。

2010年8月14日土曜日

アウトレットお盆

柄にもない興味、でもないが近くにまあまあのアウトレットモールが出来て久しく、話を聞いているのはいいのだけれど、目の辺りにした事実をモノにしたいと、今日、阿見プレミアム・アウトレット・モールへ初めて出かけてみた。
近隣には大きさと特色に差異はあれども、大洗とか佐野とかに、もある。
暑くて、然も疲れた、の感想ですが・これでひとまず、経験を殖やしたことになるので、大きな顔をしてもちょい平気。

本日のタイトル、語韻の感覚で、昔、「アトミックのおぼん」なる有名な漫画のキャラが存在した・ことを、連想して。そしてこのフォトは不気味にさえ見える牛久大仏を、目当てに方向を確かめるアウトレット・モールの位置。

2010年8月12日木曜日

上野公園②

浪人するのは当たり前!くらいの風潮は昭和30年代後半にも、芸大にはあった。
経済的にということは、現役でという、シンプルな方式が成り立つわけで、その結果受験を遠ざけ就職クラスに入った。
現在を悔やむと、全く今のライブが存在しないわけで、そのような愚をこぼす不合理はゼロです。
?が、中途半端な良識が、当時、逃げであることを知らずにいた、と解釈できるかも知れない。
単純に理想、夢を描いていただけで、この場所を訪ねることもせずに、方向転換を早期に計ったのは、自身の能力を適確に察知していたと、言ってもいい。

2010年8月11日水曜日

上野公園①

昨日、「シャガール展」を見に行った。上野公園である。5年ほど前、暮れの頃公園内の都美術館で「プーシキン展」を見て以来の公園だ。
東京芸術大学大学美術館で外れの方に位置してあり、とにかく歩いた。
要するに芸大の中に近づいたのだ。
とっくの昔、ここを目指すことの難易を充分に計って、挫折に似た方向転換を余儀なくされた。難易は試験のみならず、経済的な理由もいちばんにあった。
その、場所を初めて覗いたのだ。
「・・・?」感慨多きは、建物の古さ歴史に現されていて、それだけか。リードするは他から発せられるのか。

2010年8月9日月曜日

帰省

いつからか大好きだった故郷のお祭りにも帰らなくなり、ましてお盆や正月の行事にも定期的に帰ることをしなくなった。仕事が休みの取れる職種(?)でないのも影響していたかも知れない。
それでもたまに予定を組んで府中から電車で乗り継ぎ上野駅に着いたときは、あの大きな壁画の待合い広場がむんむんするほど、帰省する人でごったがえしていた。
もちろんホームはかきわけるほどだった。混雑の客車、今は電車に変わったが、僅か1時間半の旅。
今朝のニュースはそんな帰省ラッシュをとらえていた。
墓参することの敬虔な気持ちに乏しくて、祖先にも亡き両親にも(府中当時、母は元気)、そして周りの縁者にも申し訳ないという気概はあっても、60才を越える今でもとくべつ心境の変化はない。いつもどおりの、のんべんだらりんの、夏である。
故郷への1時間半は、のどかでも優雅でもないが、夏旅を思わせる、Azymuth  の「 Last Summer in Rio」を聴きながら、 Pat Methenyの「 Last Train Home」で到着する。

《2007年8月10日(金)記》。

2010年8月7日土曜日

薔薇の名前

毎日、映画を見ている。片っ端からケーブルTVの番組を録っているのだが、とても見られないものもあって“ちょっと見”で削除しているが、面白いという感覚は、自分と子供のセンスとでは微妙に差があり、警告反省で再度挑戦という回り道の文字通り“見直し”をも図っている。

古い映画「処女の泉」(1960年・ベルイマン監督)=1960年代後半に東京の2番館あたりで見た記憶がある。吉祥寺か三鷹辺りだ。評価の高さとタイトルの興味で入ったのだと思う。今回改めてゆっくり見て神話めいたストリーがうっすらよみがえる。殺戮シーンに、“美”を持ち込んでいる。
そして「薔薇の名前」(1993年)、ショーン・コネリーが渋い。クリスチャン・スレイターとたった一人の女性の情交シーンの美しさが印象的。でそれが薔薇を意味するのかと。

2作品とも、寓話性、神秘性を含んだ宗教的匂いふんぷんであり、考え方を問う、摂理を探るといったテーマ、訓戒もあってたやすく見られる娯楽作品とはほど遠い。白黒、或いはモノクロームに近い設定とあらば尚のこと、暗さも手伝って抵抗も大きい。

が見なくちゃ判らないという答えの満足感はある。
クリスチャン・スレイターの若い修道僧が、魅惑的。
挿入は、人気を固めつつの頃の作品。

2010年8月5日木曜日

谷川岳

夕べの夜行バスで我が家人は、谷川岳一の倉沢辺へ!
本日、猛暑日。清々しい高地とは言えやはり、暑いだろうな。荷物も多いし。
その昔、社員旅行で湯桧曽温泉へ、背中は谷川岳であった。

40年以上も前のこと、紅葉の時季。
蛭子さんも、いた。好青年。

2010年8月3日火曜日

つくば万博記念公園辺

不穏な空気の部屋にいたたまれず、プイと外へ出てクルマに乗った。ぐるぐるまわった末に、適当な時間稼ぎも加えて、万博記念公園に向かった。怒りの気分が収まったくらいの距離を走ったのだ。
とんだ迷惑の、憩いの公園は夏の夕暮れに向かう時刻で、落ち着いた緑を提供してくれた。
そんなに長居はできない、あとで、のんびり来るのが正式と考えて早めに切り上げた。

この場所は20以上も前のつくば万国博覧会の当時、このカメラの後ろの小高い斜面を登り切ると、ちょっとした広場が運動場のように開けていて、片隅に大きなトリニトロンの画面があったところだ。この名称だけでも懐かしい。

2010年8月2日月曜日

普通の人々

《1981年8月2日(日)》
夏休みになって、はるばる彼の地(東京)から、故郷の地を訪ねてみると、そこは単なる都会と田舎という環境を越えて、幅広い帯でつながれた ただの安楽椅子が揺らされるだけで・ある。周囲に抗うことも叶わず、身を清めることも進まず 普通の人間になって戻ってきた。