江戸崎は、霞ヶ浦湖畔の小さな田舎町。狭い器の中で、自然に背伸びして、いつの間にか足を遠くし文字通り、フルサトに仕上げてしまった。たいして記憶にないのは、わりと温和しく、静かに遊んでいたからかも知れぬ。田舎に居た年月以上の時間が背を向け始めてから経過していて、既に拘りを薄くしているせいでもある。自分にとってふるさとは郷愁という言葉以上のものは皆無。想い出すことさえ珍しいし、頭の中に湧きあがるものは些細な限られたシーンだけである。 このまえ、なつめが、そして昨日は、ざくろが届いた。小さい頃、なつめもざくろも、またぐみなどを、ぐいぐい口にもちこみ食べ散らかす子供たちがいた。元気なわんぱくたちで、それが自分と同じ遊び仲間だったのです。どうしてもおいしいという感覚がなくて、少し口にしては、ぺっぺと吐き捨てていたと思う。 喫茶店(ミューズ)の卓に、なつめを、ざくろを載せてみて味わってみて、ポクっとという歯ごたえ、鮮赤に映え、つぶ粒に寄せ合って半透明に光る2つの個性。どちらも淡彩味でありながら、おいしいし、うまい。昔には、味もそっ気もないと思っていたもの。ただ甘酸っぱいとしか思わなかったものの、侮りは悔いにもなって・・・・・。 当時、なつめを、ざくろを、うまいと思っていたら、もう少し別な世界の今があるのかも知れない。
《1979年11月3日(土)ノート》
《1979年11月3日(土)ノート》
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