2012年11月30日金曜日
2012年11月29日木曜日
2012年11月28日水曜日
2012年11月25日日曜日
椎尾 薬王院
これは、けっこうな古刹。
昨日、例によって下山時にクルマで待ち合わせとしての役割で、筑波山の西側 椎尾薬王院に駐車を決めた。
二人が登攀口に消えるのを確かめて、車中でのんびり気持ちを整え「さてと!」という所作で、歩くことに。
石段も、建物も、周囲の気配すらも古刹充分の佇まいである。
しかし、朽ちたりするのは辺鄙に居座る哀しさか、繕いが滞り、何度も加えた応急処置の荒業で風合いも尚のこと。
これが、いいのかも知れない。奥まで覗く視線は、当然遮られる場所にしつらえてある先人の知恵なのかもと思う。
で、その後下山方向へ移動した。昨日の表側は行楽、紅葉のハイカーで渋滞だったそうだ。裏側の羽鳥道、古道はさっぱりの爽快さであった。
ついでのクラフトフェアーはおまけです。
昨日、例によって下山時にクルマで待ち合わせとしての役割で、筑波山の西側 椎尾薬王院に駐車を決めた。
二人が登攀口に消えるのを確かめて、車中でのんびり気持ちを整え「さてと!」という所作で、歩くことに。
石段も、建物も、周囲の気配すらも古刹充分の佇まいである。
しかし、朽ちたりするのは辺鄙に居座る哀しさか、繕いが滞り、何度も加えた応急処置の荒業で風合いも尚のこと。
これが、いいのかも知れない。奥まで覗く視線は、当然遮られる場所にしつらえてある先人の知恵なのかもと思う。
で、その後下山方向へ移動した。昨日の表側は行楽、紅葉のハイカーで渋滞だったそうだ。裏側の羽鳥道、古道はさっぱりの爽快さであった。
ついでのクラフトフェアーはおまけです。
2012年11月22日木曜日
チャンバラ
時代劇専門チャンネルで、「居眠り磐音・陽炎の辻」3シリーズ、都合37話をすべて見終えた。
5年ほど前にNHKで放映されたものだが、仕事の関係でチェックをしていなかった。
作者の佐伯泰英氏の著書を読んではいないのだが、作品数は多く、人気作家ですね。
週5日の1話ずつを録画し、毎回涙を流し見続けて、昨日の感動の最終回に至った。
まあ、安直な涙?かもしれないが、義理人情なんて普遍的なものだと、涙腺の弱さをも肯定する。
おもしろさには原作に加え、ドラマ作りのプラスアルファーが仕込まれているに違いない、NHKの力を感じる。出演者に愛着が涌くほど、その演技に魅入った。
ストーリーの基本は藤沢周平さんの「用心棒日月抄」(ドラマ化では、腕におぼえあり)が底辺にあるのかなという感じ。深さも奥行きも、こちらの方が上かもしれない。
しかし、楽しみな30分、45分の2~3ヶ月を過ごしました。
5年ほど前にNHKで放映されたものだが、仕事の関係でチェックをしていなかった。
作者の佐伯泰英氏の著書を読んではいないのだが、作品数は多く、人気作家ですね。
週5日の1話ずつを録画し、毎回涙を流し見続けて、昨日の感動の最終回に至った。
まあ、安直な涙?かもしれないが、義理人情なんて普遍的なものだと、涙腺の弱さをも肯定する。
おもしろさには原作に加え、ドラマ作りのプラスアルファーが仕込まれているに違いない、NHKの力を感じる。出演者に愛着が涌くほど、その演技に魅入った。
ストーリーの基本は藤沢周平さんの「用心棒日月抄」(ドラマ化では、腕におぼえあり)が底辺にあるのかなという感じ。深さも奥行きも、こちらの方が上かもしれない。
しかし、楽しみな30分、45分の2~3ヶ月を過ごしました。
2012年11月20日火曜日
おもかげ探し
昨日(2007/11/14)、奥多摩の紅葉を求めて家族3人で出かけた。八王子ICから、どちらにするか、青梅か高尾かという選択だ。実は昭和40年代の初め、青梅街道、吉野街道、秋川街道、五日市街道、滝川街道周辺のコースを移動する仕事に就いていた。ざっと40年近くまえにさかのぼる。その想いで御岳山、奥多摩周辺へ。
う~ん!懐かしい。今でも田舎風情はあるものの、道路の左右ののどかな広さが、さえぎり林立する樹木、建物で分を囲いつつフレーム付の景観を全うしていることである。めまぐるしい都市化の表れです。地名も変わったり、昔の名前であったり、檜原、養沢、数馬、古里、軍畑などと。神々しい?青梅の方が取り残された感じで、五日市は目まぐるしい変化の中にあった。
《2007年11月15日(木)ノート》
う~ん!懐かしい。今でも田舎風情はあるものの、道路の左右ののどかな広さが、さえぎり林立する樹木、建物で分を囲いつつフレーム付の景観を全うしていることである。めまぐるしい都市化の表れです。地名も変わったり、昔の名前であったり、檜原、養沢、数馬、古里、軍畑などと。神々しい?青梅の方が取り残された感じで、五日市は目まぐるしい変化の中にあった。
《2007年11月15日(木)ノート》
2012年11月13日火曜日
2012年11月9日金曜日
2012年11月3日土曜日
故郷
江戸崎は、霞ヶ浦湖畔の小さな田舎町。狭い器の中で、自然に背伸びして、いつの間にか足を遠くし文字通り、フルサトに仕上げてしまった。たいして記憶にないのは、わりと温和しく、静かに遊んでいたからかも知れぬ。田舎に居た年月以上の時間が背を向け始めてから経過していて、既に拘りを薄くしているせいでもある。自分にとってふるさとは郷愁という言葉以上のものは皆無。想い出すことさえ珍しいし、頭の中に湧きあがるものは些細な限られたシーンだけである。 このまえ、なつめが、そして昨日は、ざくろが届いた。小さい頃、なつめもざくろも、またぐみなどを、ぐいぐい口にもちこみ食べ散らかす子供たちがいた。元気なわんぱくたちで、それが自分と同じ遊び仲間だったのです。どうしてもおいしいという感覚がなくて、少し口にしては、ぺっぺと吐き捨てていたと思う。 喫茶店(ミューズ)の卓に、なつめを、ざくろを載せてみて味わってみて、ポクっとという歯ごたえ、鮮赤に映え、つぶ粒に寄せ合って半透明に光る2つの個性。どちらも淡彩味でありながら、おいしいし、うまい。昔には、味もそっ気もないと思っていたもの。ただ甘酸っぱいとしか思わなかったものの、侮りは悔いにもなって・・・・・。 当時、なつめを、ざくろを、うまいと思っていたら、もう少し別な世界の今があるのかも知れない。
《1979年11月3日(土)ノート》
《1979年11月3日(土)ノート》
2012年11月1日木曜日
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