7月17日は、コルトレーンの命日に当たるが、なんと かの裕次郎さんの命日といっしょです。ギャふん!といったところですが、トレーンは没後40年、裕ちゃんは20年という節目。
しかし決してジャズとは無縁ではありません。裕ちゃんのスクリーンデヴューは昭和30年代中頃で、「嵐を呼ぶ男」では笈田敏夫さんとドラム・バトルのシーンがありました。自分は中学生の頃で、敵役の笈田さんをその後、活躍のジャズ・ヴォーカルの世界でも、あまり好きになることができませんでした。偏見でしょうか?日本でのシナトラ的存在でしたが。
ぎらぎらのさなかのリアル・タイムのジョン・コルトレーンを聴いていず、1967年(没年)に至る、その少ない時間は、コールマンやシェップやESP盤に傾いていて逃してしまった間隙です。ようやく自分の中でトレーンを消化するようになったのは、1970年代も後半に入ってからだ。因みにトレーンのアルバムは没2年後に「ジャイアント・ステップス」(輸入盤)を1969年8月16日にはじめて購入している。道玄坂のヤマハか新宿3丁目のコタニだったろうか?
今でもトリビュート作品に興味が募ります。極め付きは1987年のライブ・アンダー・ザ・スカイの、リーブマンとバイラークの熱演。 《2007年7月18日(木)ノート》
しかし決してジャズとは無縁ではありません。裕ちゃんのスクリーンデヴューは昭和30年代中頃で、「嵐を呼ぶ男」では笈田敏夫さんとドラム・バトルのシーンがありました。自分は中学生の頃で、敵役の笈田さんをその後、活躍のジャズ・ヴォーカルの世界でも、あまり好きになることができませんでした。偏見でしょうか?日本でのシナトラ的存在でしたが。
ぎらぎらのさなかのリアル・タイムのジョン・コルトレーンを聴いていず、1967年(没年)に至る、その少ない時間は、コールマンやシェップやESP盤に傾いていて逃してしまった間隙です。ようやく自分の中でトレーンを消化するようになったのは、1970年代も後半に入ってからだ。因みにトレーンのアルバムは没2年後に「ジャイアント・ステップス」(輸入盤)を1969年8月16日にはじめて購入している。道玄坂のヤマハか新宿3丁目のコタニだったろうか?
今でもトリビュート作品に興味が募ります。極め付きは1987年のライブ・アンダー・ザ・スカイの、リーブマンとバイラークの熱演。 《2007年7月18日(木)ノート》

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