《1982年10月13日(水)》
・・・・・しかし、いろんな世界があると、つくづく思う。そして、この情け容赦のない言葉の往還するところが、いちばん身近でありながら、生死を分別する場所になっているのが辛い。熾烈さが愛の深さを象徴していると言うのなら、直接的反射で応えられるというのに。
もはや、時代は逆行。当初から相容れる土俵などなかったのかも知れない。それを熟知しながら、さぐられていたと邪推したくなる。だから解決するものは、結局 金次第かなと思うわけだ。ぼくの世界は存在性も乏しく否定的だけれども、別の世界では存外、大手を振って罷り通っていると言える。彼らを通底しているものは、金にも似た、僅かな知識から頼れる可能性は大きいが、くくりきれない異質を認める、あるいは放任しておく個立感を持たない。孤立感と書くべきであった。しまいは、どうしたって孤りになってしまうのだ。そこが出発だった筈ではないか。
・・・・・しかし、いろんな世界があると、つくづく思う。そして、この情け容赦のない言葉の往還するところが、いちばん身近でありながら、生死を分別する場所になっているのが辛い。熾烈さが愛の深さを象徴していると言うのなら、直接的反射で応えられるというのに。
もはや、時代は逆行。当初から相容れる土俵などなかったのかも知れない。それを熟知しながら、さぐられていたと邪推したくなる。だから解決するものは、結局 金次第かなと思うわけだ。ぼくの世界は存在性も乏しく否定的だけれども、別の世界では存外、大手を振って罷り通っていると言える。彼らを通底しているものは、金にも似た、僅かな知識から頼れる可能性は大きいが、くくりきれない異質を認める、あるいは放任しておく個立感を持たない。孤立感と書くべきであった。しまいは、どうしたって孤りになってしまうのだ。そこが出発だった筈ではないか。
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