《1980年10月2日(木)》
宇都宮も、拝島も、初台も、そのほか五反田も神楽坂も断片的に、通り魔のように思い出すことはある。懐かしさは殆んどない。それは常に、想像で不確かなものを定着させる決定的な要素がないからである。
同じように、故郷を思い出すことも滅多にない。たとえあっても、地名や人名が瞬時、宙を飛び交うだけである。
ところが先日、久しぶりに気持ちが熱くなった。守谷中学校の昭和53年度の卒業アルバムを見せられて、もしかしたら・・・・・・という素朴な注目がその発端だったのである。
長谷山、平田、椎名、地引、小室と無垢な表情を追っていった。中学生の顔つきは谷田部も、伊奈も、水海道も皆な同じだ。いちように、冒しきれない ためらいを持っている。
眼鏡をいともたやすく身につけて堂々の正視を、カメラのレンズに向けて、『大泉さん』(先生)は無言のサインを送った。ぼくは似ていると思った。どこかで見たことのある顔というよりも、知っている 人によく似ていると思ったので、再び『大泉』という文字を朗誦して蓄えた。アルバムの後部の住所録をたしかめたのである。
『絢子』という明朝活字を見つけて、ぼくはGAAAH・・・N!となった。店の中は、MUSEの中は、ただカセットテープが、音の流れを変えているぐらいの落ち着きを見せて、1人で興奮している。ぼくに、懐かしさへの、自然な招待状を置いていってくれたのである。
『絢子さん』と言うべきかも知れない。20年近くも昔の、小学生、中学生に舞い戻って、口蓋締めて、ふとつぶやいてみる・・・Hayashi Ayako・・・と。その懐かしさのフレーズは、喉もとを通り、胸底に熱い想いを、いっきに膨らませてくれた。絶句・・・・・☆。 (→続く)
宇都宮も、拝島も、初台も、そのほか五反田も神楽坂も断片的に、通り魔のように思い出すことはある。懐かしさは殆んどない。それは常に、想像で不確かなものを定着させる決定的な要素がないからである。
同じように、故郷を思い出すことも滅多にない。たとえあっても、地名や人名が瞬時、宙を飛び交うだけである。
ところが先日、久しぶりに気持ちが熱くなった。守谷中学校の昭和53年度の卒業アルバムを見せられて、もしかしたら・・・・・・という素朴な注目がその発端だったのである。
長谷山、平田、椎名、地引、小室と無垢な表情を追っていった。中学生の顔つきは谷田部も、伊奈も、水海道も皆な同じだ。いちように、冒しきれない ためらいを持っている。
眼鏡をいともたやすく身につけて堂々の正視を、カメラのレンズに向けて、『大泉さん』(先生)は無言のサインを送った。ぼくは似ていると思った。どこかで見たことのある顔というよりも、知っている 人によく似ていると思ったので、再び『大泉』という文字を朗誦して蓄えた。アルバムの後部の住所録をたしかめたのである。
『絢子』という明朝活字を見つけて、ぼくはGAAAH・・・N!となった。店の中は、MUSEの中は、ただカセットテープが、音の流れを変えているぐらいの落ち着きを見せて、1人で興奮している。ぼくに、懐かしさへの、自然な招待状を置いていってくれたのである。
『絢子さん』と言うべきかも知れない。20年近くも昔の、小学生、中学生に舞い戻って、口蓋締めて、ふとつぶやいてみる・・・Hayashi Ayako・・・と。その懐かしさのフレーズは、喉もとを通り、胸底に熱い想いを、いっきに膨らませてくれた。絶句・・・・・☆。 (→続く)

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