2011年7月19日火曜日

知らないことばかり

昨日、蛭子能収さんが長崎の幼い日々を、故郷の想い出をたどりつつ、えっちらこっちら坂を上り下りしながら、語っていた。なんとも形容のしがたい不思議なトークの番組だった。これまでにも俳優、タレントや、著名な人が出ていたのだが、それぞれの個性が表出するプラスアルファの部分が評価、加味される・・・(自然に計算される?能力)、あと味だったように思うが。  ところが蛭子くん!、“もろ”の部分が溢れていて、思わずやばい、と感じる予定稿の枠の外へ息を切らしながら、ぼつぼつ喋る。 魅力的だ。 40年前からの知り合いでも、知らない過去の話に思わずのりだし笑い出してしまうほどの暴露だった。洋輔さんの肘打ちの過激なピアノ・ソロにも匹敵するような、偶発?パフォーマンスに、これは喝采。 貴美子さんを亡くしてから、もう6年にもなる。 あたらしい伴侶を得てますます好感度。うれしいです。 当時〈約40年前〉、彼はツェッペリンの「移民の歌」が好きだった、ので。  《2007年7月19日ノート》

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