2011年7月31日日曜日

大当たり

今回のサウンドフェスタは大当たりのラインナップだった。
昨日の、つむぎの郷サウンドフェスタ(もう第16回にもなる。2005年から続けて7回来ている)は雨予報にて、アクロスホールにて開催。冷房の過剰だけなければ好条件の4時間。
① 水戸工業高校・ブルービギナーズ
② 小山太郎トリオ&堤智恵子
③ クオシモード
④ 宮本貴奈グループ

クオシモードの全開パワーに会場が沸いた。
フィナーレは全員参加のジャムセッション。出演者を羅列すると、小山太郎、田中裕士、高瀬裕、堤智恵子、宮本貴奈、工藤精、長谷川ガク、飯田さつき、結城章子、小沼ようすけ、そしてクオシモードの面々。
挿入フォトは、初めて(2005)出かけたときの遠景。

2011年7月27日水曜日

ヒブンショウ

 右目にゴミ!としきりに柔らかい布や、目薬で取り除こうとしても掴まえられない。昨年(2006)7月の凶事だ。この異変で翌日眼科に赴いた。眼球内に、ほんの少しの出血。これがまるで蚊のようだ。飛蚊症という。やだね、うっとうしくて、自分で見えない位置に隠れたり、姿をしょっちゅう変えて浮遊している。棲息して?いても大きくなることはないから、殆んど見過ごしですむが、これが育ったらたまらない、除去する手立てに走らないと。マスカット葡萄にかすかな刺し傷という連想。それから1年経つ。老いる厳しさ、ひしひし感じます。
眼鏡をするようになったのは、中学3年の時、修学旅行のバスの中、友達の眼鏡をいたずらにかけてみて、驚くほどよく見えたのがきっかけで近視の眼鏡の始まり。
ぼやけない、ぼけない世界をめざして!    《2007年7月26日(木)ノート》

2011年7月22日金曜日

酔い

《1980年7月22日(火)》
難しい話が、どどっと襲ってきて、頭が耐えかねて混乱をきたしているこの頃だ。
自分の年齢くらいの自信はままあるが、それだけでは十分ではない複雑な情況に及ばなくなる。

酔うとくどく、更に酔うと暴言的になる亭主を、ウイスキーボンボンで酔う私は冷ややかに見下す。曰く彼 「判ってんだ、お前は飲むほどに冴えてくるタイプが好きなんだろ」 ああ、また今日も始まったァ・・・・・しかし、齢30にもなった私はつくづく思うようになった。飲むほどに冴えるは、飲んでも酔えぬ誤りで、下戸と同族の不幸感を表現していると。
かくして、下戸は酒に対して一片の憎悪と果てしない憧れを抱く。まあ、いずれにせよ未踏空間なので、憎悪も前出の如くだが、憧憬の方もたわいなく、グラス傾けた人の写真を見ただけで 「ヒデキーッ」てなもんで、数日脳裏をチラつく。最近では、朝日新聞に載った太地喜和子が実に良かった。あくの強い、誇り高い女が、飲んでパーッと明るく、心を広げているサマなど見せられると、それは私の化身であるとまで思い入れる。 一升ほど飲んだ気になり晴れ晴れとしてしまうのだ。

2011年7月19日火曜日

知らないことばかり

昨日、蛭子能収さんが長崎の幼い日々を、故郷の想い出をたどりつつ、えっちらこっちら坂を上り下りしながら、語っていた。なんとも形容のしがたい不思議なトークの番組だった。これまでにも俳優、タレントや、著名な人が出ていたのだが、それぞれの個性が表出するプラスアルファの部分が評価、加味される・・・(自然に計算される?能力)、あと味だったように思うが。  ところが蛭子くん!、“もろ”の部分が溢れていて、思わずやばい、と感じる予定稿の枠の外へ息を切らしながら、ぼつぼつ喋る。 魅力的だ。 40年前からの知り合いでも、知らない過去の話に思わずのりだし笑い出してしまうほどの暴露だった。洋輔さんの肘打ちの過激なピアノ・ソロにも匹敵するような、偶発?パフォーマンスに、これは喝采。 貴美子さんを亡くしてから、もう6年にもなる。 あたらしい伴侶を得てますます好感度。うれしいです。 当時〈約40年前〉、彼はツェッペリンの「移民の歌」が好きだった、ので。  《2007年7月19日ノート》

2011年7月13日水曜日

照れるなぁ

Asby1495浅田美代子に関して言えば17才の頃よりも現在の方が、絶対きらめいている。ドーナツ盤のジャケットを引っ込めてもいいくらいだ。照れてしまう。  二宮和也が出演するテレビドラマを、「硫黄島からの手紙」をみて少し感激し、「トゥルー・ロマンス」 のクリスチャン・スレーターを連想したものだから、復習のつもりで本日チャンネルを合わしてみた。 これも、また照れるのだ。映画の熱演が減少するものでもないが、安直なマスコミ・メディアに支配される、選択肢の余裕の無さを感じてしまう。乱雑過ぎると、最良の部分を失いかねない、“かき氷”的危惧だ。老婆心ならぬ、老爺心ですが?、いろんなステージに立って演じるタレントを文字通りの賦質を抽出出来るか否かは、管理の才能にもよるだろう。16,7才の浅田美代子が30年余の、今日も輝いていると想えるのは、本人のみならず周りの力も働いていたに違いないのだと確信する。 二宮くんのファンになってる?“としより”の戯言です。 《2007年7月13日(金)ノート》

2011年7月10日日曜日

圏外?

 北野タダオさんのファイナル・リサイタルの番組を見た。40年以上もジャズを聴いていて北野タダオとアロー・ジャズ・オーケストラの音を聴くのは初めてかも知れない。関西地方が活躍の場だから、芸能番組とかのバック・バンドでは見たかも知れないが?
昔、ビッグ・バンドを最初に聴いたのは、見砂直照と東京キューバン・ボーイズであり、次いで宮間利之とニュー・ハードや原信夫とシャープス&フラッツの演奏だった。
で、ジャズ誌の人気投票で必ず名がでてくる北野タダオさんとは?長寿バンドゆえの鳴り!は確かにあるがファイナルの企画の魅力だけで、ゲストの阿川泰子さんがサウンドを「おヒンが良い」と称したくらいが適確な賞賛。ほかに日野皓正、前田憲男、北村英治、坂本スミ子が共演。関係者では古谷充(アルト)、小曽根真(ピアノ)が出演した。
近年、松永貴志(ピアノ)の師匠として評価を加え響いている。北野さんが最後に自ら、夫人への”for MIDORI”のピアノ・ソロでコンサートを閉めた。オリジナルの曲に良いものがあった。それこそ品格! 《2008年7月10日(木)ノート》

2011年7月6日水曜日

劇場なら?

必ず最後まで見るのだが、我が家なら途中で止めようが、飛ばそうがお構いなしだ。
「助太刀屋助六」はその類だった。岸田今日子のナレーションが出たときから寓話的な予感がしたし、小さな墓の挿し花がまず、陳腐。棺おけ屋のそそっかしさの執拗な仕種が、これまた陳腐。落語的発想の拡大解釈?か。宿場での仇討ち前の緊張する空気をよそに、そのおこぼれに預かるつもりの岸田今日子と鈴木京香のノーテンキの対比がドライ過ぎて、緊迫感をそぎ落としている。
途中から早回し(正解)でラストへ運んだ。仕掛けが裏づけされる訳だが、「なーんだ」というくらいだ。数回見てもなお、うなづける『アメリ』のおもしろさとスピード感は貴重だ。少し良かったと思うのは、鈴木京香の乗馬と、初め《渋さ知らず》と思った音楽が、洋輔さんでした?ぐらい。  《2007年7月7日(土)ノート》

2011年7月2日土曜日

世間並み

《1981年7月2日(木)》
肉親といえども、兄弟であろうとも、理解しあってつき合うことは難しい。ただ暗黙のうちに諒解しあっているものだと、ぼくは思っていた。
この間、4,5年ぶりに家へ帰ってみてそうした時間を感じさせない、のどかな空気の流れに安閑としていた落ち着きを更に覚えたのである。
ところがそんな感慨は、ぼくの勝手なロマンであって、兄側も妹側も、世間並みの考えを表に出していた・・・・・というのだ。
そして、きょう妹が電話口で、頻りと酸っぱく言うものだから、マジに考えてしまった。やはり不適格な生き方をしているのではないかという気落ちだ。もちろん、ぼくの尺度ではなく、あくまでも並みの、一般的なスケールでのことだ。
故郷に居た年月よりも、ずっと多くの時間をひとりで自由に使って生きてきた。迷惑というものがあるとしたら、それは対応不可能な周囲が、示してくれた心づくしではなかろうか。心配とか、迷惑といった類を武器にして話しかけてくれるのは、こちらとしては、なんのリアクションをも発揮できずに、ただ感情的な表現を試みるしか手がない。
理解できなくてもいいという安直性が据わっているとありがたいのですが。