《1980年11月1日(土)》
秋風が非常に身にしみて感じられます。
先日、学校の休み時間、中庭に散る木の葉をみて何かを思いつつ、図書館に入り、ゴッホの絵を見ておりますと、突然テレビでよくやっているような曲が、スピーカーから聞こえてきました。
ぼくにとっては、フォーク、ロック、歌謡曲と呼ばれている音楽の中にも、確かに良いと思うものもありますが、それらにはひじょうに薄っぺらいものが多すぎます。といってジャズやクラシックの全てがそれらよりも良いとは、ぼくは思ってませんが・・・・・。
人にはそれぞれ好き嫌いがあると思いますので、あまり言いませんが、それでもルオーのキリストの絵を見てください。ぼくはかつて、この絵を見てどんなに勇気づけられたことでしょうか。レンブラントの絵を見てください。愛情に満ちあふれているではありませんか。その美しい世界は音楽の中にも生きています。コルトレーンの音楽はぼくにとって難解ですが、それでも何か共通するものが感じられます。また木の葉が落ちていく景色には、ボク自身としましては、ブラームスの交響曲第4番や、バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ(シゲッケィ)が非常にいいと思いますが、ビル・エヴァンスの枯れ葉も、マルのレフト・アローンもいいと思います。
ところで、ジャズとクラシックを同時に聴くことができないかという問題に、ぼくはぶつかってしまったのですが、結局は両者にはそれぞれすばらしい面があって、同時に両者には共通する人間の深い感情、生き方、その内面の深さが存在すると思い信じるに至ったわけですが、どうでしょうか。例えば、モーツァルトのレクイエムの美しさ、優雅さはジャズにはとうてい存在しないようなのですが、それでも、モーツァルトが死の床に流した涙は、サッチモ、パーカー、コルトレーンと同じではなかったでしょうか。
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