2012年2月24日金曜日

daigaku

《1980年2月25日(月)》
Geidai とか  Musabi とか音列には、ひどく敏感に反応し一種の抵抗、コンプレックスを抱いていた時代があった。   
大学へ行って絵を描きたいと思っていた。具体的に大学について考えるようになったのは、高校2年の頃だろう。自分の家庭のことや、将来のことを考えると、国公立しか浮かばなくて、成績を顧みて単純に進学を諦めた。この単純性がぼくにとっていちばんの支柱になっている。
デザインに興味があり、僅かの力も持ち合わせていたから地方デパートの宣伝部に就職した。そこで、のうのうと構えて知識と実力を増やしてのんびりと落ち着くことも可能でした。しかし許せなかった。その時周囲にいる先輩が、女子美だったり専門学校出の経歴なのに、脅威を与えるほどの、テクもセンスもないことが腹立たしかった(?)。
だからただ何となく、デザインという響きのよい言葉の中でくりかえされる日常性に対して、不満が湧いてきたのである。慣れの中で技術を身につけることは大事であるが、要は本人のデザイン意識なのである。
高校出は、やはりそれだけしか自分の中で、逞しくなれなかったのである。進学という言葉から描かれる各種美大への羨望が、その当時いちばん強かった。「美」ということに執着できる環境が欲しかったのかも知れない。
で、その後・夜間の専門学校に通う。








2012年2月19日日曜日

miyuki

《1981年2月17日(火)》                                              最近いちばん気に入ったのは、あだち充の「みゆき」だ。先日単行本を借りた。だいたい青春恋愛ものは多いし、そのシチュエーションも進展具合も、古来踏襲された域を出ない。その温もり様が、受ける要素であるかも知れぬが・・・。食わず嫌いで、未知のものには言を及ばせないのは致し方ないが、想像を広げても「みゆき」の良さというのは、稀有である。
まず、スピード感を伴わない舞台装置的描写力の確かさだ。それに輪をかけた如くの、ゆっくりした話の進み方。吹き出しと、自問自答・白に選び出される言葉の生命力に、読者の自由な遊びを要求している。あすなひろし・ほどの戯れ方も少ないし、色気の持ち出し方も素直だ。
詩情のありさまを感じるのである。何故、感じられるかと言うと、いくら可愛い顔に描かれていても、所詮漫画ではある。しかし、可愛さ以上のものを性格づけようとすると、ストーリーの多面性から描きこんでいかなければならない。ストーリー重点のあまり(それが売れる要素である)、主人公の行動が特別な性能を帯びて、所謂漫画になってしまう。自分のひいきの主人公やその相手のシリアス度に、演劇性がデフォルメされ加味されていくのが判る筈だ。漫画の可能性は、マンガとして逸脱していくことなのではなかろうか。
「みゆき」に関して言えば、絵を追っていくだけで、そして戻ったりするだけで、詩を感じるのだけれど。ミーハーかな?

2012年2月15日水曜日

さっかく

《1980年2月15日(金)》
いちおう苦労し、悩み、そんな状態の中で、一生懸命やっているうちに、事が順調に運んでしまうことがある。実力かと、それを錯覚し、過剰なる自信を持つことが多々ある。年齢的ギャップ、精神的差、そして環境差が大きいければ大きいほど、その支配的力の誠実さに一方的信頼を寄せるから、そのへんのメリハリに依って錯誤を招きやすいのである。

2012年2月7日火曜日

座雪

《1981年2月6日(金)》
昨晩、挫折寸前(?)の男子と喋った。常連さんも、一緒だったのですが生活環境を如実に反映した枠内で、あたふたしている状況に支えられているのを感じてしまった。はたしてそれが挫折だなどと思えまい。自分が思い立った時から予め用意されていたトラブルの一つに過ぎない。
考え方がみな同じだとは思えない。それぞれの判断が大きく認められるだろう。しかし無知な場合には苦笑してしまえば済む。知識や教養が人格を成している場合には、その影響力に左右されているのを感じるだけだ。ジャズでもスポーツでも、勉強でも基準が狭いというのは、頑なさにあらず、温湯に浸水することの安易性を増殖させているのかも知れない。
一種の挫折(?)と見做せる夢中に在ったから、まだいい。頭も達者で、口も、そして心も達者な生まれついての好環境を、いや長所を自在放任の中で泳がせるのはたやすい。存在のみが尊ばれるからだ。長所は顕在化している表面だけのこと、その表面だけのことが定着してエゴとなって輝き始めると、短所として位置を代えてしまう。
この種の人間は、よく見るほど多い。
単なる好奇心や自尊心を満足させるだけの力は、いつかすぐ冷める。自身からの能力を抽き出し、表現するために夢中になれる努力は、当然の軌跡を描いて、小さな自信を秘かに植えつけていく。その対象が大学であったって、趣味であったって構わない。敬いに値する新鮮な対峙を強いる細やかなおののきが、自身へのリバウンドを約束させるものと思う。反射神経は一つのセンスであろうか、が身についた器の中で、ハンブルしドリブルさせる力は、ゲーム染みてみえる。

2012年2月2日木曜日

春遠からじ

春遠からじ~とアグネスチャンがうたっていたのを聞いたのが、確か去年(1979年)のくれだったか、なんか前が見えなくて、いやだなあって一人で部屋でFM聞いていた時だった。彼女の歌そのものは音楽的にどうだとか言うべきものじゃないって分っているけれど、彼女の生き方(確かにマスコミ的だと言えるかもしれないが)に少しばかりいいなあと思っていた(思いつづけた)。ぼくはなんか親しい人に声をかけられたような気持ちになって、そうだなあなんて思ってしまった。今、春がくれば、ぼくは大島弓子の「ミルククラウンミルクパン」(?)のあの不妊猫のように誰かにぼくのケープをかけてやる(かけさせてもらう)人達の中で、四苦八苦しながら生活をはじめられるようになったので、いろんな気持ちがうずまいています。確かにあの職業は世間様からみれば、かっこうだけの中味のない人間が惰性だけで続けているものかもしれないけれど、ぼくはやはりぼくなりにしたたかに自分らしさを守ってかかわってゆこうと思っているわけで、やはり趣味を多く持って、よい音楽を聞いて、よい本を読んで(だいたいマージャンと、酒は趣味じゃないよ)楽しいものにしたいって思ってる。もしも誰もが話をしなくてもそれでいいんだなんて言い切ってしまえるようになってしまったら、ぼくはきっと窒息してしまうよ。そしたらピエロにだってなってやるんだ。ピエロはもっとも美しい人なんだ。  《1980年2月2日(土)okaichiさんノートから》