2021年8月2日月曜日

宍塚大池

 ししづかおおいけ と呼ぶ 我が家から近い場所ながら出かけるのは、これが2度目です。



間違った情報に誘われて昨日朝、5時ごろに出向いた。要するに蓮の早朝開花が目的だったのだが現場で出会った人の話では これは数年前の事で、現在はそのかけらさえも全く見られない。当時 花開いたけれどその後 池の生物などの浸食によって皆無になったという こと。これは自然の避けられない摂理?です。だと思います。


現在の大池が、とても貴重な状態を保っているのは 辺鄙なしかも疎遠と 少し拒むような静謐さが勝っているからだろうと推察します。関係者やここを愛する人々の繋がり、継続が素晴らしい。

2021年7月24日土曜日

花園渓谷

 県の北端へ

花園神社、花園渓谷へ 緑を求めて常磐道を北へ 連休の2日目 ここはそれほどの込みようではない トンネルをいくつも超えて北茨城へ。廃墟のような 水沼ダム


 そして人もまばらな亀谷地湿原 

そして赤さをひけらかす花園神社 

まあまあの賑わい! 奥は深く渓流渓谷沿いの緑の定波地区の原生林 ブナ林 きらきらしていました。久しぶりの 目に青葉でした。

2021年7月13日火曜日

昭和39年の頃 1964年

 実は、昨年だったけれど、2021年 今年オリンピックイヤー。

1964年、2番目の職場 明治パンで2年目になる。

前年 高校卒業すぐに宇都宮の百貨店に就職した。ほぼ5か月も持たずに挫折、7月には故郷へ逃げ帰った。家にとどまってはいられない。9月末には明治パンに就職した。赴任地は都下昭島市拝島 明治パン多摩営業所。


実家が菓子店だったからの思い付きで選んだ理由でした。従業員は全国にまたがり、北海道から奄美にわたっていました。特に茨城の人が多い?と思いました。初めは夜間作業でパンの仕分け、半年後には昼間の配達に回った。免許のない時で助手席での楽な立場でした。運転手は運送会社のプロで半分はドライブ気分だったと思います。その筈 檜原村方面行と、養沢方面(あきる野市)行とが、隔日になっていた。

この年の10月に東京オリンピックがあったんだなーと バレーの河西昌枝さんも、マラソンの円谷幸吉さんも、後の《東京オリンピック》市川崑映画で感激したことのほうが大きい。営業所敷地内に寮があり、食堂に一台のテレビ時代。そうした時期を過ぎて昼間の事務職に変わりました。手回しの計算機、ロールペーパーが出てくる計算機。すごいなーっていうのが、回顧気分。もはや57年前。