2013年3月11日月曜日

2年前

の今日2011年3月11日は、午後から筑波メディカルセンター病院で、診察の予定日であった。
その日は数日前からの、放射線照射の長い42日回行程治療の始まりだった。
患部照射を終えて治療後、西大通りを谷田部方面への帰路、赤塚の立体交差路で信号待ちのとき、その揺れは襲った。大型車の走りの共振かとその時は思った。青になり右折するハンドル操作で視界が横切った際に、大揺れの電線が見えた。
地震だった。
驚くような、強い揺れだったのを、走りながらも感じ、ハンドルを持つ手にも自ずと力が加わり、5分ほどで自宅に戻った。
近所の家からは、外へ出て周りを凝視している人たちの姿があった。
気持ちがあえいだ。
ドアをあけ、入ると散乱が見えた。すぐに余震がおき、両手で壁をつたって身を措いた。
忘れられない。

当然、メディカルにも被害があって、2,3日は治療もままならなかったのです。

これより後の東北の旅10月末、平泉に近い場所の惨禍の、フォトを貼ります。

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