2013年3月29日金曜日
2013年3月24日日曜日
さよならイオン
家の近くに巨大なイオンモールが出現した。数年前の建設計画時からケッコウ期待していて、ついに3月15日オープンした。
実は、土浦のイオンモールには割りと執着した。石岡に通っている頃には、帰路に寄って、トイレや時間稼ぎの駐車場になった。
石岡と縁が切れてからも、いろいろ出向いたのである。が今春つくばに前述のモールが開店してみれば、もう全く必要のないショッピングセンターになる。
しかたのない、帰結でしょうか。
というわけで、3月12日に土浦イオンの近くの古い知人に会った。すべが無くなる気がしたからだ。会って良かったという感慨です。
ゆえに、さよならイオン土浦です。
近所にも桜が咲き始めました。
散るのは、もう少し後だろうと・・・
実は、土浦のイオンモールには割りと執着した。石岡に通っている頃には、帰路に寄って、トイレや時間稼ぎの駐車場になった。
石岡と縁が切れてからも、いろいろ出向いたのである。が今春つくばに前述のモールが開店してみれば、もう全く必要のないショッピングセンターになる。
しかたのない、帰結でしょうか。
というわけで、3月12日に土浦イオンの近くの古い知人に会った。すべが無くなる気がしたからだ。会って良かったという感慨です。
ゆえに、さよならイオン土浦です。
近所にも桜が咲き始めました。
散るのは、もう少し後だろうと・・・
2013年3月22日金曜日
2013年3月11日月曜日
2年前
の今日2011年3月11日は、午後から筑波メディカルセンター病院で、診察の予定日であった。
その日は数日前からの、放射線照射の長い42日回行程治療の始まりだった。
患部照射を終えて治療後、西大通りを谷田部方面への帰路、赤塚の立体交差路で信号待ちのとき、その揺れは襲った。大型車の走りの共振かとその時は思った。青になり右折するハンドル操作で視界が横切った際に、大揺れの電線が見えた。
地震だった。
驚くような、強い揺れだったのを、走りながらも感じ、ハンドルを持つ手にも自ずと力が加わり、5分ほどで自宅に戻った。
近所の家からは、外へ出て周りを凝視している人たちの姿があった。
気持ちがあえいだ。
ドアをあけ、入ると散乱が見えた。すぐに余震がおき、両手で壁をつたって身を措いた。
忘れられない。
当然、メディカルにも被害があって、2,3日は治療もままならなかったのです。
これより後の東北の旅10月末、平泉に近い場所の惨禍の、フォトを貼ります。
その日は数日前からの、放射線照射の長い42日回行程治療の始まりだった。
患部照射を終えて治療後、西大通りを谷田部方面への帰路、赤塚の立体交差路で信号待ちのとき、その揺れは襲った。大型車の走りの共振かとその時は思った。青になり右折するハンドル操作で視界が横切った際に、大揺れの電線が見えた。
地震だった。
驚くような、強い揺れだったのを、走りながらも感じ、ハンドルを持つ手にも自ずと力が加わり、5分ほどで自宅に戻った。
近所の家からは、外へ出て周りを凝視している人たちの姿があった。
気持ちがあえいだ。
ドアをあけ、入ると散乱が見えた。すぐに余震がおき、両手で壁をつたって身を措いた。
忘れられない。
当然、メディカルにも被害があって、2,3日は治療もままならなかったのです。
これより後の東北の旅10月末、平泉に近い場所の惨禍の、フォトを貼ります。
2013年3月2日土曜日
俺たち
けっこう昔の話になるが、「俺たちの荒野」という映画に感銘を受けた覚えがある。
その再会の機会がやってきた。先日、衛星チャンネルで出くわしたのである。だがどうだろう。見始めて1時間経っても記憶が戻ってこない、レトロが充満するだけで、歯がゆい青春の愚図が、ゆっくり衝撃のエンディングに納得を、加えるのみである。1969年作品、出目昌伸監督。
自身の記録では、1969年6月29日に2本立てで見ている。25歳当時ゆえ、渋谷か府中辺りの東宝系だろう。
「俺たちに明日はない」(アーサー・ペン監督 米)が1967年に公開され、これもまた1ヶ月くらい前に復習のように確認し見た。3人のシチュエーションは2年後の邦画にも活かされ、青春映画の、しかも進取性豊かな作品だった「俺たちの荒野」で採用されたのか?
レトロが充満する、青春の愚図という評価でくくられるシーンには感傷に比重がかけられて、音楽で言えば メロディ主体の映画に仕上げられていたという感想。リアルタイムでの魔法が襲っていて、柔和な感覚がたわいもなく捉えられた 結果かも知れない。
邦画は、黒沢年男、酒井和歌子、東山敬司。
洋画は、ウォーレン・ベイテイ、フェイ・ダナウェイ、ジーン・ハックマン。
後者には、メロディも、リズムもテンポも網羅されており事件性のラストシーンのインパクトには、深く乾いた感激がいつまでも残る。
だが、どうだろう邦画のそれは生活臭がついてまわり、身近な心が関心ごとのような反芻に終始する。だから体当たりの熱演が、胡散臭く見えたりする。
と、今は思うけど、当時の感想は、硬軟踏まえた興奮にあったに違いない。
その再会の機会がやってきた。先日、衛星チャンネルで出くわしたのである。だがどうだろう。見始めて1時間経っても記憶が戻ってこない、レトロが充満するだけで、歯がゆい青春の愚図が、ゆっくり衝撃のエンディングに納得を、加えるのみである。1969年作品、出目昌伸監督。
自身の記録では、1969年6月29日に2本立てで見ている。25歳当時ゆえ、渋谷か府中辺りの東宝系だろう。
「俺たちに明日はない」(アーサー・ペン監督 米)が1967年に公開され、これもまた1ヶ月くらい前に復習のように確認し見た。3人のシチュエーションは2年後の邦画にも活かされ、青春映画の、しかも進取性豊かな作品だった「俺たちの荒野」で採用されたのか?
レトロが充満する、青春の愚図という評価でくくられるシーンには感傷に比重がかけられて、音楽で言えば メロディ主体の映画に仕上げられていたという感想。リアルタイムでの魔法が襲っていて、柔和な感覚がたわいもなく捉えられた 結果かも知れない。
邦画は、黒沢年男、酒井和歌子、東山敬司。
洋画は、ウォーレン・ベイテイ、フェイ・ダナウェイ、ジーン・ハックマン。
後者には、メロディも、リズムもテンポも網羅されており事件性のラストシーンのインパクトには、深く乾いた感激がいつまでも残る。
だが、どうだろう邦画のそれは生活臭がついてまわり、身近な心が関心ごとのような反芻に終始する。だから体当たりの熱演が、胡散臭く見えたりする。
と、今は思うけど、当時の感想は、硬軟踏まえた興奮にあったに違いない。
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