2012年12月27日木曜日

寒波

符合する今年(2012)の低温気候!

《2008年12月27日(土)のノートから》
寒波が押し寄せているというニューヨークから超暖かい!メールが届いた。子どもは風の子なんていうフレーズが以前は必ず出てきたが、今や死語のようになって使えそうにもない、そして自分も年々寒がりを表し身体の冷えも文字通り痛切に感じるようになった。

ことし雪はまだですが数年前の雪景色を挿入。

2012年12月24日月曜日

高峯山

昨日は、県境桜川市の高峯山、その入り口の質素な仏寺。

すぐ隣は栃木県の益子町。

五大力堂という。
だいたいぼくは賽銭をやらない、近くまで行って覗いたりしない、よく言えば深謀遠慮?だからこのお堂にあやしき像などあるなどと、後のまつりである。
なぞる程度の古刹めぐりである。

寒い一日で、枯山水の趣かな。
なんて見るくらいの浅はかな行脚です。
下界の50号線の賑わいが気になるくらいの興味?かも知れない。
時間を潰すには格好のK's電気があり、カインズホームがあり、あっという間に呼び戻され茂木寄りの深沢辺にまで合流15分余。

2012年12月21日金曜日

B.B.&Q.B.?

どうしても良い音で聴きたくて探しました。The Brooklyn Bronx & Queens Band。
たしか森田六月実くんが持っていたアルバムだったと思う。
ファンクだ。がドラムにテリー・シルバーライトがいる。この人、バリー・マイルスからマンハッタン・ジャズ・オーケストラまで転移するんだから凄いぜ!
「Lovin's What We Should Do」に舞い上がる。
そして今年のもう1枚は、MATUNBIのベスト盤。その中の「ROCK」でご機嫌!久保ちゃんからその昔”Seven Seals”で教唆。レゲエだけど!25年は軽く、今でも新鮮そのもの!
《2006年12月22日(金)ノート》

2012年12月18日火曜日

入院日誌⑥

《2011年12月16日(金)》
とにかく煩雑、こんな困惑、もう逃れたいのだけれど、もうぢき(入院)20日間。少しは慣れたのだろうか、或いは観念したのだろうか。急いでも事情が変わる訳ないので、時を稼ぐしかない。

2012年12月13日木曜日

入院日誌⑤

これは昨年のことです・・・

《2011年12月9日(金)》
 長い夜(牛久愛和病院で)が毎晩訪れて、いずれも熟睡できない。
 股関節の異常が激化してからは、(入院以前の)我が家に於いても眠れない夜が続いたのだけれど、病棟でのプレッシャーは特別だ。あと3週間余は、闘わねばならない。辛いことだ。

《2011年12月11日(日)》
 昨晩(病院で)、変な夢をみた。
 バスから降りる時混雑していて、料金を払わなかった。気になっていて金額をたしかめると410円であった。(払いたく)ていろんな階段から近づこうとするのだけれど、行きつかない。そのうち中学生ぐらいの男子の群れに襲われ、財布を奪われてしまった。口惜しくて、110番し事情を話したが進展しない。勤め先の松崎くんを呼び出し、お願いするところであった。
 眠いのと、寝苦しい環境での夢でした。

《2011年12月13日(火)》
リハビリが厳しくなる。これはスポーツだ。そしてこの訓練的な教習が60の手習いで、肉体に困惑を与える。時には自信を失くしてしまう。即ち、こんな筈ではなかったの、誤算が生じる。きちんと是正できる年齢ではなくなってきている、事象が疎ましい。

2012年12月6日木曜日

言行一致

《1981年12月6日(日)》
言行一致というのは、たいへん難しいことでたんなる約束めいたことや、記憶に類することなら即刻謝罪することで、或いはその人間性の正直な表現ということで、特別拘泥する必要のない些少事だと言えるが・・・・・。
ところが言行一致を試みている者には、自身に対する屈辱感を受けるような厳しさなのである。先ず自分を罰しなくてはならないし、憤りは自身に向けられる質のものである。
その良心が純粋であればあるほど、余計に手ぶらにして、棒立ちでいるという芸当が出来ない。
しかし、どうしても理不尽に走らざるを得ない状態が生まれてくる。言行一致というのは。ある面では理想であり、ある面では表現であるからだ。
感情に支配された時には、どうしようもなくなってくるものだ。そんな感情はどこからやってくるのだろうか。コントロールしようにも、一部分が破壊されていて補修しきれないのである。として、打開策を見つけないことには、溝は大きく広がり、蟻地獄化するかも知れないのである。
傍観しえる冷静さがあれば、余裕や甘え如きに通じ、大事に至ることはあるまいが、双方ともに、視線を避けるようになっては苦しくなってくる。
早めに是正する態度が、姿勢が求められる。ということ。

2012年12月3日月曜日

入院日誌④

《2011年12月3日(土)》
手術後、当日は疼痛とベッドの不慣れに悩まされ、殆ど睡眠とれず。
昨日、個人部屋から4人部屋に移り、ベッドの形体も変わり、しかも疼痛も緩和し、少しは楽になった。
とにかく30日(11月30日)は、生きた心地がしなかった。
昔、階上(愛和病院の)から飛び降りた人がいたという。
納得!!