2011年4月28日木曜日

宮島

23日、無事 結婚式は終了し、24日もう一つの世界遺産、宮島へ行きました。




ぼくにとっては遠方、またとない機会です。疲労が蓄積するのは快い、試練。


どこかに重責があったのか、帰路には電車、飛行機、高速バスを含めて、その安堵感の中で、失態も経験した。その実際は単なる老化だけではない、精神的若さ、弱さも披露する赤裸々態で、自分への慰めを向けた。

2011年4月27日水曜日

広島③

22日の夕刻、翌23日午前9時過ぎ、平和公園を歩きました。朝方の雨も上がり、きれいな青空が見えてきました。くちびるをついて出るのは何故か、ジョルジュ・ムスタキのHiroshima・・・ 。ぼくは勝手に”愛の~ヒ・ロ・シ・マ~”とハミングしてしまうのです。これは、名曲ですが、あまり知られていないようですネ。



そして結婚式場へ向かう前に、おにぎり屋でブランチ。ジャズが流れてました。

2011年4月26日火曜日

広島②

ヒロシマを一度は、訪ねなければと!思っていた。
北は岩手、南は岐阜あたりまでしか旅したことのない出不精が、1944年生まれとしては一度!出かけるつもりの気合は持っていた。
まさか、娘が広島へ嫁ぐとは・・・


3月の東日本大震災の憂いを思うと、西日本は穏やかな日常でも、このヒロシマの60有余年は、また測り知れない時の流れであったに相違ない。
そして、ドームを仰ぐ。2011年4月22日。翌23日、結婚式。

2011年4月25日月曜日

広島

金曜日に初めて飛行機に乗り、広島へ行った。名古屋以西には旅したことのない、快挙に似た行為。娘の結婚式だから、願ってもないチャンスが訪れたということで、寂しさいっぱいも少しは解消される・・・旅。

2011年4月20日水曜日

去就

《1982年4月20日(火)》
決断を要する時が来る。これまでも、そんな時はあったに違いないのに、自身の器量によって、なだめすかしてきた。あくまでも、それは自分の器量だから、第3者的判断では、去就が定まっていた時であったかも知れない。他人は、それを優柔不断と称する。外面的には批判は適格だが、個々のもつ特異な性格の成果を無視している。
去就という言葉について考えてみると、人間の生涯なんて、得るか、失うかのどっちかだろうと思う。打算を除外すれば、出会いの1語に尽きるだろうか。契機に瞬時立ち会って、無腰のままの、潔い判断は、哲人であっても出しにくいであろう。打算とまではいかなくても、寒風の中で着衣を剥がれるような苦境に陥ることは必至だ。
いま、世の中を支配しているのは、巨大なデッキだ。個々それぞれは再生され、回転しているに過ぎぬようだ。狭視的に捉えても、再生専用デッキのごとく生きているように見える。しかし、再生でも能力が備わっていれば相応の生き様は可能。
好きなものを発見したとき、自の努力で苦もなく熱することは出来る。単純な再解釈は可能だけれど、熱したものを鍛えあげる表現力は誰にでも可能だとは、言えない。そそのかすというか、おだてあげるというか、応援されるものも、必要である。そのものは、人であったり、知識であったり、自身を愛でる心であったりであろう。

2011年4月15日金曜日

ノア・ハワード

《1980年4月15日(火)》
久しぶりに、「Noah Howard at Judson Hall」を聴いた。Side One の “This Place called Earth”を。このレコードを買って10年近く、いやそれ以上は経っているのに、おそらく20回ぐらいしか回していないだろうと思う。しかし、それでいて愛聴盤なのである。メロディがいいと思う部分は、民謡的で、アンサンブルにかかるあたりのぞくぞくする気分は格別なものだ。アルト・サックスとトランペットが過ぎて、Dave Burrellのピアノ・ソロに入る頃、怠惰な指使いによって弾かれるカオス状への召喚は、足を引き合う者たちの洗礼かもしれない。
続けて、何度も聴いて記憶していく類の音楽ではない。メロディやトーンのラインをなぞっていって、快感を覚える音楽ではない。
余りに、うるさく思っていた後半部で、Robert Kapp の drums が繊細に、たたかれているのを改めて聴き入りと、ふいに睡魔が押し寄せて、こっくり肯いてしまうのだった。ESP 1064

2011年4月12日火曜日

情緒・・・

《1981年4月12日(日)》
情緒不安定なんていい言葉だ。これで、自分のもやもや不確かな精神状態を、うまく言い表せてしまえる気がする。もちろん、原因はある。いや、自分で判別できなくても、外から圧されて押し寄せくる力が、何であるかを決めることのためらいを知っているだろう。だから直接の気持ちを伝えることが難しくなってしまう。それは一つの理性に見合う知恵なのだろうか。
精神的な進歩に近づくと必ず酔うか、エキサイトするかの、異常時に突入する。その気持ちを素直に表現不可能の場合に、自身をうまくコントロールできずに、惑いが拡がってしまうのだろう。
言葉は、情緒不安定で済んでしまうけれど、単純一過性の音列は、安易なわりには、哀愁を予期させて辛かろうと思う。

2011年4月6日水曜日

世代

《1982年4月6日(火)》
年齢的な隔たりも、時には大いに感じる。そんな世代感覚なんて、別に知ったこっちゃあないし、たとえ、差が生じたところで支障はないのだが、やはり不思議だと思わざるを得ない。即ち、誰彼とも、各々の磁場を大切にして、執着しているに違いないのに、そうした理解を、なかなか示せないのである。性急性は、世代の断絶だと、決めてかかるのだ。だから不思議という言葉に解決策をくっつけてみたくなるのかも知れない。味わうための、舌感覚も、良否をたしかめるきびしさも、既に捨て去ってしまったのか。