《2008年5月18日(日)》栗だろうか、柿だろうか、夕刻から、ぷううーんと匂ってくるよどんだ空気を感じる。少しなまぬるい初夏の気配だ。これは果実ではなく花なのだろう、薄闇で目にできるのは、新緑のかたまりである。この季節のこの匂いが好きで、「何の」匂いと説明できないのが残念だけど、まあこの季節の緑の香りだと想えばいい。 「麦の穂をゆらす風」をみた。1920年代のアイルランドの田舎を‘どんと’据えている。歴史をたいらにとらえた傑作かと思うが、赤裸々な真実に向かう表現が、平和のまっただ中で安穏としている身には凝視できない辛辣さである(これは映画、創造なのだと割り引いても)。 【その時代から90年も経とうというのに、現実にも似たような境遇が世界にはある・・。】 理不尽で、納得のいかない傲慢な大局の押し寄せが「麦の穂・・・」の冒頭からうねってくる、なだらかな丘に、生い茂る美しい雑草の群舞のなかを裂くかのごとく、だ。個性をよみとれない殆ど似た様相(素朴な時代のファッション)から徐々に生みだされてくる、若者の突きだす僅かな主張が悲哀をつないでしまう。つつましやかな生き方の世界とそそとするおだやかな風の行方を遮ってしまった一閃の菜切りの緑のしずくが、この映画の魅力だ。仰がれてレンズに収められた緑の清逸なこと、格別な癒し、沐浴の如き。
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